緊急時の医用画像をiPhoneで――救急医療の現場で活用する音羽病院:iPhoneの導入事例
急患が運ばれたそのとき、専門医はすでに帰宅――。一刻を争うこんなケースで役立つ、iPhoneを活用した医用画像遠隔閲覧システムが注目を集めている。このシステムを使うことで、医師は自宅から一次処置の指示を迅速に下せるようになる。
京都 洛和会音羽病院は、救急患者に対応する救急指定病院。24時間365日、昼夜を問わず運ばれてくる急患を受け入れている同病院では、“いつ、患者が来るか予測できない”ことに起因する課題を抱えていた。
例えば頭痛を訴えて倒れた患者が運び込まれると、病院ではまず、CTやMRIによる撮影を行い、脳外科の専門医が画像を見て診断して処置を行う。しかし、医師が帰宅してしまった場合や学会で不在の場合は、医師が知らせを受けてから病院に戻って診断することになる。病院では、(1)医師が戻るまでの間にも最善を尽くしたい(2)本当に必要な場合のみ医師が病院に戻れるよう業務を効率化したい という2点を課題としてとらえており、それを解決するためのソリューションを探していた。
そして2009年12月、音羽病院が試験的に導入したのが、iPhoneを活用した医用画像遠隔閲覧システム「ProRad DiVa」だ。このシステムは、医療現場向けソリューションを手がけるトライフォーが開発したもので、音羽病院のほかに6病院が導入の検討を進めている。
CTやMRIの画像を手元のiPhoneで閲覧
ProRad DiVaは、病院で撮影したCTやMRIの画像をiPhoneから閲覧できるようにするシステム。医師が自宅や出張先でも手元のiPhoneから、患者の診断に必要な各種画像を閲覧できるようにするものだ。
ProRad DiVaのアプリを起動するとリストが表示され、必要なデータを選ぶとZIP形式で端末に保存される。ZIPを展開するとサムネイルが表示され、必要な画像をクリックすると、512×512ピクセルの画像が表示される仕組みだ。画像はピンチ操作で拡大/縮小でき、MRI画像はタッチ操作でパラパラマンガのように次々と画像を見ていくことが可能。明るさやコントラストの調整にも対応し、端末を傾けると自動で横表示に切り替える機能も装備している。
このシステムを使えば、深夜に患者が運び込まれた場合でも、すでに帰宅した専門医に救急担当医が画像を見るよう依頼し、専門医がiPhoneで患部の画像を確認したうえで一次処置の指示を出す――といったことが可能になると、トライフォーの代表取締役を務める広瀬勝己氏。医師の業務改善と急患への迅速な対応が実現できると説明する。
「例えば画像について救急担当医が、“右上に白いものが見える”と口頭で説明しただけでは、それが骨なのか水なのか専門医には分からず、病院に戻ったものの、その必要がなかった――というケースもある。ProRad DiVaで画像を閲覧すれば、医師が目で見て確かめた上で、病院に戻るべきかどうかを判断できる」(広瀬氏)。病院に戻る場合でも、その前に一次処置の指示を出せるので、それが救命につながる可能性があるとみている。
トライフォーでは今後、ProRad DiVaに、画像を3D化して表示する仕組みも実装する計画だ。医師が見た画像を3Dにする指示をiPhoneから送ると、サーバ側で自動で3D化し、できあがるとiPhoneにMMSで通知する――というシステムだ。「3Dなら例えば、動脈瘤の裏に血管があるかどうかを見ることもできるので、どういう治療法がいいかを細かくシミュレートできる」(広瀬氏)
また、導入のハードルを低くすることも検討している。現状、ProRad DiVaを利用するには、各病院ごとに「DiVa Server」を導入する必要があるが、これを中小規模の医療施設でも導入できるよう、SaaS型のシステムで提供する計画もあるという。さらに、米国で発売され、大きな注目を集めているiPadへの対応も検討中としている。
ProRad DiVaのシステム構成。病院で撮影したCTやMRの画像はPACSと呼ばれるサーバに保存され、DiVa ServerとPACSを接続することでProRad DiVaを利用できる。DiVa ServerはどのメーカーのPACSとも接続できるのが大きな特徴だ
ProRad DiVaのセキュリティは
病気の診断に関わる個人データを扱うことから、ProRad DiVaにはセキュリティに配慮した機能が備わっている。ProRad DiVaの配信システム側で患者名や患者番号を消すことができ、医師が見終わった画像は指定した日時に自動で削除するようにも設定可能。医師が持つiPhoneはUDIDで管理され、医師が端末を紛失した場合には、センターに連絡することでIDを無効にできる。
なお、ProRad DiVaのアプリ自体にはパスワード機能はなく、iPhoneの本体機能である最大16桁の暗証番号を利用することになる。
医師の業務改善に貢献、導入拡大も検討
音羽病院はこの冬、人員不足だった脳外科に3台のiPhoneを試験的に導入した。冬は脳卒中の患者が増える忙しい時期で、医師が毎回病院に戻ることなく対応できるようにするための1つの手段として導入を決めたという。
導入からまだ4カ月と期間が短いため、救命につながる具体的な効果を示す数値は出ていないが、急患への対応を画像を見ながら相談することで、脳外科医からの指示を速くもらえるようになったことや、医師が効率よく動けるようになったことなど、効果は表れていると同病院の放射線部で課長を務める菊元力也氏は説明する。「これまでは専門医が来るまで、緊急手術になるのか、Angio(血管造影検査)をするのか、経過観察をするのかの判断を待たなければいけなかったのが、今では先に相談できる。前もって指示を受けられることで、次の手技までが速くなるのもメリットの1つ」(菊元氏)
このシステムについては他の部門の医師も関心を示しているといい、導入の拡大を検討中。同病院では、電子カルテの導入やフィルムレスに向けた取り組みを積極的に進めるなどIT化に力を入れており、その一環として遠隔画像閲覧システムの導入も進める方針だ。
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