技術に「希望を見いだしたい」――「東のエデン」神山監督×セカイカメラ井口氏:サイエンスフューチャーの創造者たち(3/3 ページ)
ARサービス「セカイカメラ」の開発者・井口尊仁氏とともにネットやテクノロジーの未来を探る連載企画。第2回はARが若者の情報インフラとして描かれるアニメ「東のエデン」の神山監督を迎え、作品に込められた思いや、現実のネットサービスとの関わりを読み解く。
物語の世界と、現実のテクノロジー
井口氏 ところで、東のエデンシステムに関して、セカイカメラが「影響を受けたのか」とか「影響を与えたのか」とか、よく言われるんです。
神山氏 僕もインタビューなどでよく聞かれます。セカイカメラの存在を知っていれば、事前にお話を聞きにいけたんですけど。
井口氏 大杉君が東のエデンシステムを使って滝沢の写真を撮って、何かが書き込まれるのを待つシーンが作品中にありますよね。あれを見て「やられた! また物語に先を越された!」と思いました。端末をかざした目の前にある情報がポップアップするARではなく、人物の映った写真に対して、その場にいない人間も含めてあちこちから書き込みが加わるというものでしたが、実際にセカイカメラで開発中の機能に近いものがあって、悔しい思いをしたんですよ。
神山氏 僕らの場合、必ずしも技術的な裏打ちがあるわけではなく、「今、こういうものがあったらいいな」という発想で技術やシステムを考えてます。それで、よく掲示板とかで「このアイドルの名前教えて」みたいな質問があるじゃないですか。
井口氏 「詳細キボンヌ」みたいな。
神山氏 そうです。僕自身も脚本を書くときに「このパーツってなんて名前だろう」と悩むことがあるんですが、名前が分からないと検索できない。だから、画像で検索できたらいいなとか、誰かの知識を借りて調べられるシステムがあったらいいなとか、そんなシンプルな発想が元なんです。でもいざ作るとなると、だれも見たことがないのでビジュアルに苦労しました。3Dのアニメーターに「ニコニコ動画のコメントのようなもの」とか説明するんですけど、コメントが次々に重なるイメージが伝わらない。それで、アニメのセル画にたとえて説明したりして、何度も話合いました。その中で、書き込まれる層を「レイヤー」という名前にするアイデアも出たりして。
井口氏 まさに実際にレイヤー(Layar)というARサービスがありますよね。
神山氏 そうなんですよね。当時はかなり荒唐無稽なことになるかもと思いながら、「作品の放送が終わったころにはできるようになっているよ」と周りを説得して作ってました。だからセカイカメラが出たときには、間違いじゃなかったなと思って安心したし、似ていると言われることに喜びを感じましたね。
井口氏 セカイカメラと東のエデンの成り立ちには直接の因果関係はなかったわけですけど、物語のクリエーションにテクノロジーが触発されて、来るべき未来の問題に備えたり、「新しいシステムを作りたい」といったモチベーションが生まれたりすることって、すごくあると思うんです。
実は、東のエデンがテレビで放映されている時に、僕らはAR Commonsという、ARの将来について考える団体の、最初のカンファレンス企画を練っていたんです。ARを使ってひどい書き込みをする人間が出てくるとか、そういう炎上的なトラブルをどうやって社会的に解決するのかということを議論していたんですが、その最中に東のエデンをみんなが見てしまったので、議論の場はすごく影響を受けたんですよ。学者やクリエーターの想像を超えて、「ARの存在する社会はこんな風になる」というのを作品が突きつけたんだと思います。
神山氏 そういったことを聞くと、希望を持って描いておいてよかったと感じます。やはり最初は負のイメージが思い当たるんですよね。かわいい女の子の画像がアップされて、ねたみやそねみ、誹謗中傷、さらには情報のねつ造まで行われるというような。そして、そういう負の要素をフィルタリングすることは、技術の創成期には難しいだろうと思うわけです。なので作品では、1回問題は起きるんだけど、それでもその先にある希望を信じて進めば、希望的な落としどころが見つけられるはずだと、そういう意識で物語を進めました。ARに関していいことばかりを描いたわけではないけど、なんとか悪いイメージにはならなかったかなと思ってます。
井口氏 サークルの起業という面では、一度は不幸な形に終わるわけですけど、必ずしもシステムがネガティブな描かれ方をしているわけではないですからね。
神山氏 そもそもシステムに罪はなくて、問題は使う人間にあるということ、そして新しい世代が上の世代のルールに縛られず、よりよい使い方を発明していくということは、なんとなく伝えられたのではないかと思っています。
僕は作品を作る上で、「システム対個人」とか「体制対個人」というテーマをいつも盛り込んでいるんです。いつのまにか個人よりシステムを守ることの方が重要になっていることって、よくありますよね。まさに法律なんかがそうです。でも、そうならない世界を描こうとこれまで意識をしてきました。システムの進化の先に人類滅亡が待っているわけではないし、個人がないがしろにされていい社会があるわけではないというのは、伝えられたと思っています。
井口氏 東のエデンシステムやジュイスの今後は、描かれることはあるんでしょうか?
神山氏 エデンの続編になるのかは分かりませんが、あの設定に関してはもっと掘り下げてみたいなと思っています。それと、携帯電話の可能性ももっと突き詰めてみたい。一度握りしめてしまった携帯電話を手放すという選択肢は、もはやこの社会にはないと思うんです。なので、あの小さなデバイスが世の中に浸透して、思いもつかないような使い方で世の中を変える姿を見てみたいというか。僕が作品を作り続ける上で、重要なガジェットの1つになったと感じます。
井口氏 作品から実際の商品やサービスに派生するのも面白そうですね。
神山氏 ノブレス携帯を出してほしいっていう要望もすごくありますし、セレソンゲームをリアルなゲームに置き換えて楽しむということもできそうですよね。あと、東のエデンシステムに関しては、グーグル ゴーグル(Google Goggles)が近いような気がします。
井口氏 グーグル ゴーグルのチームと話す機会が以前あったのですが、彼らは東京のマーケットに興味を持っているようなのです。画像データベースを作るときに、日本の女性の消費者が、商品と情報を結びつける作業をやってくれる、といったようなことを想像しているようでした。
神山氏 絶対にやってくれると思いますね。まさに、人の並列化と直列化が起きようとしているんだと思います。そこには必ず負の要素も存在していて、問題になることもあるでしょう。ストリートビューだって、「一般の人が映っているぞ!」というような問題を抱えていたと思うんですが、それでも結局は先に進まざるを得ないんだと思います。先に進んだ上で、よりよい方法を見つけていく。そこを踏み外さなければ素晴らしい未来が待っていると信じていますよ。
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