インタビュー
» 2009年01月19日 09時45分 UPDATE

ひとりで作るネットサービス:【番外編】携帯片手にワンクリックするだけ――終電知らずの2人が作った「終電jp」 (1/2)

同じ会社で自転車通勤仲間の平島さんと辻さん。深夜のすし屋で意気投合した2人は、終電情報に特化したケータイサービス「終電jp」を開発することに――。リリース後1週間で2000人ものユーザーを獲得できたワケとは?

[田口元,ITmedia]

 ひとりで作るネットサービス第37回番外編は、携帯電話から終電情報を一発検索できる「終電jp」を作り上げた平島浩一郎さん(30)と辻将也さん(30)に話を聞いた。リリース後1週間で2000人ものユーザーを集めた秘訣はどこにあったのだろうか。

「何かやりたいよね」――深夜のすし屋で意気投合

http://shu-den.jp/
mt_shu1.jpg 終電jpのトップ画面。「jp」部のデザインは、終電に駆け込む人をイメージしたという

 「気がつくと会社に残っているのは2人きり、ということがよくありました。年齢も同じなのでなんとなくよく話をするようになったのです」。同じIT系ベンチャー企業に勤める平島さんと辻さん。職場は銀座にあり、2人とも自転車通勤をしている。終電を気にする必要がないので、よく遅くまで会社に残っているという。

 「築地が近いので仕事帰りに2人で寄るようになりました。24時間営業のすし屋でおいしい店があるのです」。すし屋ではネットサービスについて熱く議論した。「何かやりたいよね」という思いだけが先にあった。そうして数カ月が過ぎ、2008年の9月に平島さんがふと思いついた。「終電検索に特化したシンプルなサービスはどうだろう?」

社外勉強会で誘われ起業――元プログラム少年の平島さん

mt_hira.jpg 平島浩一郎さん

 平島さんが初めてPCに触ったのは小学校の時。当時は親の仕事の関係でインドネシアにいた。異国での生活は良い経験になったが、当時の学校にはとにかく娯楽がなかった。日本人学校の生徒は40人ほど。「当時の楽しみは少年ジャンプが5日遅れで届くぐらいでしたね」。平島さんはその時の思い出をそう話す。

 そうした単調な生活は学校に1台のPCが届いたことによって一変する。ほかの子供がゲームに明け暮れるなか、平島さん1人だけがプログラミングに強い興味を覚えた。PCが空いた時を見計らって必死にBASICを覚え、ゲームを作った。「小さなゲームばかり作っていましたがとにかく楽しかったですね」

 中学生になり日本に帰国してからも、プログラミングを続けていた。言語はBASICからCに変わり、シューティングゲームなどを作りながら技術を磨いた。大学時代はバイトに明け暮れたが、就職ではやはりプログラミングの技術を生かせる職場にした。

 平島さんが就職したのはDTP制作の会社。その会社で社内システムを担当した。データベースから情報を引っ張ってきて紙面やWebに流し込む作業を自動化するプログラムなどを作った。当時システムに詳しかった社員は平島さんをはじめ一握り。ほとんどの人がデザイナーだった。そのため、平島さんの目は自然と社外へ向いていった。

 「広く世の中の最新技術動向を知るため、Webや社外の交流会に目がいきました。ネットで何が起こっているかを交流会や勉強会で学んでは、社内に伝える役割が自然と出来ていったような気がします」。ただ、社内でも大事なことを学んだ。それはデザインの重要性だ。

 「デザインには人を動かす力がある、と思いました。営業でもそうです。たとえ動くものでもデザインが悪ければ採用されません。逆にはりぼてでもデザインがよければ話がとんとん拍子に進むのをよく目の当たりにしました」。この経験は平島さんの今の仕事にも役立っている。今技術的に興味があるのは「人をあっと言わせるインタフェース」だという。

 そのDTPの会社には3年ほどいた。その後、社外の勉強会で今の社長と出会い、「一緒に会社をやらないか」と誘われた。2006年7月、他のメンバーとともに起業、その会社で辻さんと出会うことになる。

Webの必要性を感じて転職――Webと無縁だった辻さん

mt_tsu.jpg 辻将也さん

 辻さんは平島さんとは対照的にシステムやWebにまったく詳しくなかった。「すごく田舎の育ちで、山の中を走り回っていましたね」。子供時代の思い出を辻さんはそう口にする。

 大学のころから彼が一貫して打ち込んできたのは「教育」。家庭教師の派遣事業を手がける企業でアルバイトに明け暮れた。その経験を通じてマーケティング、広告、システム、人事といった会社経営に関わるスキルを学んでいった。就職も教育業界へと進んだ。全国を回り、各地での支店の立ち上げを手がける毎日だった。

 ただ教育にもWebの波が来ている、と感じていた。教育を通じてより良い社会を作りたい、というのが辻さんの夢だ。日々の業務をこなしつつも、教育業界においてもWebで何ができるかを見極めなくては、と考えるようになった。

 2007年、辻さんにとっても転機が訪れる。大学時代の先輩を通じて現在の会社を紹介されたのだ。当時福岡にいた辻さんは、「この辺りでWebに詳しくならなくてはいけない」と転職を決意し、上京することにした。

 「転職したてのころは、Webについてまったく何も分かっていませんでした。例えばブログ、という存在があったのは知っていましたが、見たこともないレベルだったのです」。Webに詳しくならなくては、と必死に遅くまで会社で勉強する日々が続いた。そうした日々を過ごしているうちに、同じく夜遅くまで残っている平島さんと話をするようになった。

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