トヨタの“オカルト”チューニング池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/4 ページ)

» 2016年09月20日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]

魔球ナックルボール

 これらの話を聞いて、筆者が想像したのはナックルボールだ。魔球中の魔球で、単に曲がるとか落ちるとかでなく、ゆらゆらと曲がって行き先が定まらない。下手なキャッチャーだと捕球することすら難しい球だ。

 ナックルボールとは一体何かと言えば、無回転球なのだ。ボールはほぼ回らない。とはいえ、人間が投げるのだからもちろん完全には止まらない。ストレートと比べれば極めてゆっくりだがボールは回転している。ボールが空気中を進むとき、微小な速度で回ると前方投影面積に影響を与える場所に時折縫い目が現れて気流を乱す。この縫い目が前方から見て均等なら良いが、野球のボールは不均等に縫い目が存在する。すると乱れた方の気流が遅くなって、速い側に引っ張られる。その結果、ボールの遅い回転に合わせて縫い目の出現位置が変わり、右へゆらゆら左へゆらゆら、挙げ句に落ちたりもする。興味があったらYouTubeあたりで一度検索してみてほしい。とんでもない動きをする。

 クルマのボディは言うまでもないが無回転だ。空気との兼ね合いはナックルボール同様、非常に不安定な状態にあると言って良い。そこへあちこちで静電気が起き、帯電電圧が時々刻々と変わって空力性能をランダムに乱す。元が安定的な状態であれば微弱な力の作用は受けないだろうが、不安定であれば話は別だ。ボールがわずかな縫い目の抵抗程度で影響を受けるように、静電気のクーロン力でクルマの動きがナーバスになっても不思議はない。トヨタのエンジニアは「そうです。そうです」と嬉しそうに言っていたので解釈は間違っていないはずだ。

 つまり静電気は極めて不規則にクルマの空力をかき乱し、右へ左へとクルマを引っ張って邪魔をしていることになる。

 となれば、静電気をうまく大気中に放電させてやれば、空力性能が向上する。問題は静電気が溜まっている場所だ。発生場所に近いところから放電させなくてはならない。そこで効いてくるのがタイヤだ。タイヤは摩擦による静電気の大きな発生源である。本来ここにアルミテープを貼りたいが、相手はゴムで変形する上、泥や水などの環境が厳しくステッカーを貼るのは難しい。となれば、ステアリング系のどこかから放電させてやれば良いのだということで、ステアリングコラムカバーから放電させているのだという。

 「導通材じゃなくてに大丈夫なのか?」という筆者の問いに対して「静電気ですから絶縁体でも帯電します。確かにタイヤに貼るのがベストですが、コラムカバーでもタイヤに貼った場合の70%程度の効果は発揮します」。言われてみれば、そもそもタイヤはゴムだから一般的には絶縁体だ。カーボンが添加されている分多少の導通はあるにせよ、金属とは桁が違う。

 さてこのアルミテープは3Mとの共同開発で、糊の部分に導通性の高い素材を使い、切れ目を入れて放電し易い角を作っただけで、基本的にはタダのアルミだと言う。放電させる際は、気流の量や速さへの依存はないので、今回の写真に写っているように外側から見える場所である必要はない。

 ただし、密閉されていてはダメだという。確かに密閉空間だと空間そのものがコンデンサーになってしまって飽和する。だから多少なりとも空気の出入りは欲しいそうで、それはクルマの室内程度で十分なのだそうだ。依存性があるのは湿度で40%が分岐点となり、高い方が有利だと言う。ただし、それ以下だからと言って機能が落ちるほどの落差はないのだそうだ。

 このアルミテープについてはまだまだ開発余地があるそうで、何よりもまず動的な状態での静電気の測定方法が確立されていない。言われて見れば当たり前だが、テスターを当てれば、導通してしまい静電気は消えてしまう。刻々と変化する動的な静電気の状態をリアルタイムでモニタリングできればまだまだ研究は進むだろう。

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