“宣伝しない”でブーム起こす 村上春樹新刊「騎士団長殺し」0時発売も(2/2 ページ)

» 2017年02月24日 12時57分 公開
[青柳美帆子ITmedia]
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現場はどうだったのか

 「騎士団長殺し」は、「1Q84」「多崎つくる」と同じような現象を生み出すだろうか。

 記者も、東京・新宿の紀伊国屋書店で0時発売に並んだ1人だ。飲み会帰りの午後11時半、「新宿紀伊国屋で0時発売を行うらしい。まだ整理券は残っているようだ」という情報をTwitterで知り、その足で書店に向かった。

発売直前の売り場

 到着は午後11時45分。受け取った整理券は65番だった。事前配布で整理券を手に入れているのが60人強という数字は、多いのか少ないのか判断に迷うところ。SNSで知って当日に訪れたり、書店の前の人だかりを見て「並んでみよう」と思ったりした人も多かったのか、整理券は最終的に100番まで伸びたという。

深夜の紀伊国屋書店新宿店に人が集まる

 指示に従って列に並ぶ。20〜40代の男性が多いが、女性も2割ほどいる。お茶とホッカイロを配られ待っていると、「あと5分です!」「あと3分です!」と書店員のカウントダウンが始まる。

 「5、4、3、2、1……」

 クラッカーの音、ぱらぱらとした拍手。列はさくさくと進んでいき、15分ほどで購入できた。

「ハルキスト」を求めるメディア

 こうしたイベントに訪れる購入者の姿を報道するために、いくつかのメディアが取材に訪れていた。筆者が確認できたのは、TBS、NHKラジオ、AFP(フランス通信社)だ。立て続けに「購入後コメントをもらえませんか」と声をかけられたので分かった。待機している取材陣の会話に聞き耳を立てていると、「男性が多いなー、女性を……」といった声が聞こえていたので、“20代女性需要”があったのだろう。

 結局コメントは使われなかったようだが、「どうして深夜にわざわざ買いに来たのか」「村上春樹作品の魅力とは?」「作品に対する期待」などを各社から問われた。期待されていたのは恐らく「大ファンで早く読みたくて来ました」という回答だろう。AFPからは「あなたはハルキスト(注:村上春樹ファンをこう呼ぶことがある)ですか?」と直球で聞かれた。

 熱心なファンが集まっている様子を報道することが、「面白そう」「盛り上がっている」という空気の醸成につながる。強いコンテンツがあれば、書店は売り時を逃さないためにさまざまな策を打ち出し、メディアはその施策を取り上げる。その結果、出版社は宣伝費用をかけずにプロモーションをすることができるのだ。

ホームランを求める出版社

 新潮社は非上場で業績は非公開だが、会社四季報によれば2013年の売上高は218億円。事業の中心となるのは週刊誌「週刊新潮」と「新潮文庫」レーベルだが、文庫の売り上げが落ち込んでいる。新しい収益の柱を作るために、新規の文芸レーベル「新潮NEX」やデジタル雑誌を展開しているが、大成功とはなっていない。「考える人」の休刊、「yom yom」の電子移行など、既存雑誌も厳しい状態に置かれている。

 そうした状況下で、初版計130万部の「騎士団長殺し」は“救いのホームラン”だ。新潮社に限らず出版業界では、1つの大ヒット作で事業を支える構造になっている企業が多い。文芸春秋は「火花」で売り上げが急伸し、KADOKAWAは「君の名は。」関連書籍やアニメ化したライトノベル作品で大幅な増収増益となっている。

 その一方で、ミリオンセラーに恵まれなかったものの、デジタル事業、版権ビジネス、海外展開が実を結び、3年ぶりの増収増益となった講談社のような例もある。

 依然として厳しい出版不況の中で、出版社はどのように生き残りの道を探すのか。「騎士団長殺し」に関する戦略からは、新潮社のスタンスが見えてくる。

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