インタビュー
» 2017年10月30日 07時30分 公開

ミクシィ森田仁基社長インタビュー:「最後の希望の光」モンストと歩んだミクシィの4年間 (1/5)

4周年を迎えたスマホゲーム「モンスターストライク」は、ミクシィという会社を救ったタイトルとしても知られている。モンストのヒットで、ミクシィはどのように変わったのか? 「モンスト」に立ち上げから関わるミクシィ森田仁基社長インタビュー。

[青柳美帆子,ITmedia]

 10月10日に4周年を迎えたスマートフォン向けゲームアプリ「モンスターストライク」。「モンスト」という略称で愛されるこのビッグタイトルは、激動するスマホゲーム業界の中でトップを走り続けている。

 モンストは、ミクシィという会社を救ったタイトルとしても有名だ。SNS「mixi」の低迷とともに、業績も悪化していた同社は、2013年にモンストが登場したことで息を吹き返した。そして今、モンストを主軸にしつつ、チケットフリマアプリ「チケットキャンプ」や家族向け写真・動画共有アプリ「みてね」などの新規事業にも手を広げている。

 モンストとともに歩んだ4年間は、ミクシィにとってどのような日々だったのか――モンストを誕生時から手掛け、14年6月に社長に就任した森田仁基社長に話を聞いた。

ミクシィが「モンスト」とともに歩んだ4年間とは?

モンストは「最後の希望の光」だった

――森田社長は、エグゼクティブプロデューサーとしてモンストの立ち上げから関わっています。当時のミクシィはどのような状態だったのでしょうか。

 立ち上げの時は、つらかった思い出しかないですね。ミクシィはご存じの通り波がある会社で、モンストが出る直前は、2006年の上場以来初の赤字も見えていました。主力事業のSNS「mixi」も新しいSNSに押されて元気がなかったのに、その「mixi」に全社員がフルコミットしていてほかにサービスがなかったので、非常に厳しい状態でした。

――その中で、森田さんは「mixiゲーム」をはじめとするゲーム事業の担当をしていました。

 「GREE」や「mobage」が急成長しているのを横目で見て悔しい思いを感じていました。その中で、木村(木村こうき 取締役・XFLAGスタジオ総監督)を中心にして作ったのがモンストです。会議室の一室にこもりながら作っていました。

――最初は小さなチームだったんですね。

 プロジェクトを開始した当初は、3〜4人のチームでした。作っていく中で徐々に人は増えていきましたが、会議室1つで収まるような人数でしたね。13年初めにプロジェクトを立ち上げて、テスト版を出したのが9月末、正式にリリースしたのが10月10日ですから、9カ月くらいで作ったゲームでした。

――制作9カ月というのは、現在のゲームアプリ開発のスケジュール感と比べると、非常に早いように思います。

 それだけ僕らにとっては時間がなかったんです。社内でモンストはいわば「最後の希望の光」で、自分の中では「これがダメだったら、もう打つ手はないな…」と思っていました。リリース直前は僕も木村も胃に穴が開くような思いでしたね(笑)。当時はゲーム以外のアプリをいくつか出していたのですが、「mixi」の機能を切り出したアプリもほとんどヒットしていなかったんです。でも、モンストは全然違うスタートでした。何もプロモーションしていないのに、いきなり数千ダウンロードされて「これは様子が違うぞ」と。

――最初にダウンロードをしたユーザーはどういう層だったのでしょう。

 詳しく分析はできていないのですが、恐らく能動的にゲームを楽しむ、ゲーム好きのユーザーでしょう。モンストには「協力プレイ」というシステムがあり、近くにいる友達と一緒に顔を突き合わせて遊べる仕組みになっています。最初にダウンロードしたユーザーがリアルの友達に声をかけて、そこから徐々に広がっていったのだと考えています。「口コミで広がっていくだろう」という予想はもともと立てていたのですが、それが想像以上に実証された形でした。自分の役割として、「いかに予算を確保し、投資して成長させていくか」をひたすら考えていました。

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