特集
» 2017年12月06日 07時00分 公開

古き街並み残る内子町:愛媛の小さな町に野外レストランは何をもたらすか? (1/4)

愛媛には古き良き街並みが残る小さな町がある。松山市内から南に40キロほど行った場所にある内子町だ。ここで2晩だけのイベントが開かれた。“幻の野外レストラン”と呼ばれるDINING OUTである。

[伏見学,ITmedia]

 愛媛県の県庁所在地である松山市から南方に約40キロ。ここには100年以上も前にタイムスリップしたような景観が広がる小さな町がある。

 人口が1万7000人に満たないこの内子町は、江戸時代後半から明治時代にかけて木蝋(もくろう)の生産で栄華を誇った。大きな屋敷がいくつも建つなどして町は活気付いたが、時代の流れとともに蝋燭(ろうそく)はガス灯や電灯などに取って代わられたことで、町の経済的なにぎわいは徐々に失われていった。

1916年に開業した「内子座」。途中、取り壊しの危機を乗り越え、今なお地元の人たちや観光客に歌舞伎などを上演している 1916年に開業した「内子座」。途中、取り壊しの危機を乗り越え、今なお地元の人たちや観光客に歌舞伎などを上演している

 そうした中、1916年に内子町の中心部に「内子座」という劇場が開業。木造2階建てで瓦葺き入母屋造りの立派な芝居小屋で、多くの町民が歌舞伎や文楽などを楽しんだ。かつては日本全国にこうした劇場が存在したものだったが、老朽化などによって現在はほとんどが取り壊されている。内子座もその危機に直面したが、地元の保存運動によって残すことを決断した。83年から85年にかけて復元され、2016年2月には設立100周年を迎えたのである。

 「美しき日本の残像」などの著者で、東洋文化研究家のアレックス・カー氏も内子町に魅せられた1人だ。まさに町の保存運動が起きた80年代前半に初めて訪れ、そこから足繁く通っている。「古い町を残すという運動は、あの時代には珍しくて先駆的でした。当時はバブル景気で、古いものを壊して新しいものを建てるのが一般的でしたから。内子座も壊される計画でしたが、ギリギリになって止められたのです。ある意味で奇跡ですよ」とカー氏は声を弾ませる。

 今、日本の地方は人口減少の一途をたどっており、それは内子町も同じ。特に山間部の集落は空き家も多く、行政も何とかしようと頭を悩ませているという。「内子町は美しい棚田など多くの資産を持っていて伸び代があります。若者も入ってきて少しずつ町の活性化に取り組んでいますが、まだ生かし切れていないのが現状です」とカー氏は指摘する。

 そうした課題解決の一助になればと、カー氏がホストを務めるイベントが10月28〜29日に内子町で行われた。地域の価値創造を専門とするONESTORYが地方各地で開く数日限りの幻の野外レストラン「DINING OUT(ダイニングアウト)」である。

「DINING OUT UCHIKO with LEXUS」の会場となった内子町のメインストリート 「DINING OUT UCHIKO with LEXUS」の会場となった内子町のメインストリート
       1|2|3|4 次のページへ

Copyright© 2017 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ

マーケット解説

- PR -

ITmedia 総力特集