京王電鉄「京王ライナー」増発に“ちょっと心配”杉山淳一の「週刊鉄道経済」(4/4 ページ)

» 2018年02月02日 07時00分 公開
[杉山淳一ITmedia]
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京王のダイヤ手法はギリギリ上手

 駅では一定の量で乗客が増加する。その増加量と、乗客を引き取っていく列車の数のバランスをとらないと、ある駅では乗降客がいないため列車ががら空きになり、ある駅では乗客がホームにあふれ、次の列車が大混雑して遅延の原因になる。私鉄の料金不要特急や急行、JRの快速列車は、駅にやってくる乗客の増加と、列車が引き取る乗客の数のバランスをとるために設定される面がある。早く行きたい人に便宜を図るためだけではない。

 鉄道の安全システムとして、一定の区間は1つの列車しか入れない。これを閉塞(へいそく)区間という。京王電鉄は閉塞区間を短くし、そのかわり信号が列車に与える指示速度も細かく制御し、列車の続行運転をしやすくしている。京王電鉄に乗ると、昼間でも特急が先行する各駅停車に追い付いて渋滞する場面がある。まるで路面電車のように、運転席から先行する列車が見える。

photo 京王電鉄が採用している信号システム。現在は閉塞区間を細分化し、直前区間の列車の有無だけではなく、ずっと先の区間まで見通して速度を制御する。将来は閉塞区間ではなく、列車の間隔を正確に把握する仕組みに移行予定

 特急のスピードを上げたいという気持ちはあるだろうけれども、現状の渋滞状況を見れば、特急、準特急は乗降客数のバランスをとるために走っている。複々線区間が短いため、複線区間で列車の数を増やす工夫だ。

 京王電鉄のダイヤの工夫といえば、新宿駅の続行運転も興味深い。先行列車が発車して、まだプラットホームから抜け出していないタイミングで、後続の電車が走り始める。複線区間にもかかわらず、まるで複々線区間のように、2本の列車が同じ方向に走り出す。これは「京王電鉄 新宿駅 同時発車」で検索すると、興味深い動画がいくつか出てくる。

 こんな技ができる理由は、京王新宿駅の構造にある。プラットホーム先端から分岐器までの距離が長く、列車が1本丸ごと入ってしまうほどだ。だから後続列車がすぐに追いかけて、分岐器まで走らせて待機。先行列車が閉塞区間から脱してすぐに後続列車が閉塞区間に入れて、続行運転が可能になる。

photo 京王新宿駅の略図。分岐器がホームから離れているため、続行する列車は分岐器の手前まで走って待機する

 新ダイヤの午後8時台を見ると、8時ちょうどの京王ライナーのあと、1分後に各駅停車が発車する。これなどはまさに続行運転の見せ場だと思われる。10両編成の電車が発車してプラットホームを抜け出すまで30秒くらいかかる。その30秒後に次の電車が出発する。先行列車の出発が30秒遅れたら、もう同時発車するしかダイヤを保てない。

 先行列車を特急、続行列車を各駅停車とすれば、両者の運行間隔は駅ごとに開いていく。これが逆順だと、追い越し可能な駅まで特急が各駅停車の後ろにノロノロとついて行く形になる。特急同士だと追突を防止するため、後続側列車の速度を上げにくい。京王ライナーの直後は各駅停車だ。特急利用者向けの救済特急を続行させず、各駅停車を設定した理由は、効率よく続行運転できるからと言えそうだ。

 通勤ライナーが成功したか否かは、通勤ライナーの乗車率だけではなく、その前後の列車の乗客の満足度も考慮しなくてはいけない。沿線の価値は、通勤ライナーに乗った少数より、通勤ライナーに乗らない多数による評判に影響されるだろうから。

杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)

乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてPC雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。鉄旅オブザイヤー選考委員。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。


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