自動車メーカーの下請けいじめ?池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)

» 2018年10月29日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]
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いじめはあるのか?

 さて、自動車メーカーは資本を提供してくれる株主に対して、原価を低減し、かつ多くの台数を販売する大きな責任があるという構造はここまで説明してきた通りである。

 だから、サプライヤー(下請け)に対して常に強い価格低減要求を出すのは当然のことだ。だが、その要求に対しては常に「下請けいじめだ」という反発がつきまとう。誰だって、利益は多い方が良い。それはそれで理解できる。

 だからと言ってメーカーが「言い値で買いますよ」なんてことをすれば、競争に勝てないし、株主に訴えられる。本当のところ一体どうなっているのだろうか?

 メーカーがサプライヤーに厳しい要求をすることと、「いじめ」が本当にイコールなのかということから考えなくてはならない。そもそもメーカーは下請けをいじめるメリットがあるのか?

 仮にメーカーが下請けをいじめるとすれば、それは下請けに対する敵対行動である。敵対して下請けをつぶしたり、体力を削いだりするとメーカーはどうなるか? 部品の供給は受けられなくなるし、中長期で見た時に部品性能の向上が滞り、競争に勝てなくなる。

 だから原則論としては、下請けの弱体化をメーカーが望むとは考えにくい。使い捨てても同じレベルのサプライヤーがいくらでもいるならともかく、現実的には技術レベルには差がある。メーカーにとって優秀な技術を持つサプライヤーをキープしておきたいインセンティブは強い。自社の競争力を高める大事なパートナーである。そういう下請けをいじめれば自分もダメージを負うのだ。

 価格低減圧力をいじめと受け取るのは、主観的な意訳であって、少なくとも価格低減といじめは本質的に別のものだ。もちろんどんな企業にもモラルの低い人はいるので、購買の担当者が尊大であったり陰湿であったりすることはあるだろう。それはあくまでも個人の資質の問題であって、企業間の関係と捉えるべきではない。

 あるいは企業間関係で見たときも、買う側と売る側の非対称性はどうしてもあるから、買う側が本当に親身になって売る側の立場を全面的に思いやれるかと言えば、他人事の側面もあるだろうが、それはどのレベルの人間関係にもつきまとう問題で、立場の違う相手のことをパーフェクトに思いやれる人は存在しない。

 つまり構造的に考える限り、敵対するはずがないものを、資本主義の競争原理的に基づいて避けられない価格低減や、人間関係や、思いやりの行き届かなさにフォーカスし過ぎて下請けいじめと捉えているケースが多いのだと思う。

 しかしそれでは、受け取り方次第の水掛け論にしかならないので、もう少し定量的な見方をしてみよう。もしあなたが当事者であり、自分の会社がいじめられていると思うのであれば、自社の過去10年の決算推移を見てみれば良い。見るべきは売り上げ高と営業利益である。長期的に見て、売り上げが増え、利益も増えているならば増収増益であり、その場合、メーカーに対して感謝こそするべきであれ、恨むのは筋違いだ。

 注文数量が増え、売り上げは増えているにもかかわらず、値引き要求が強くて継続的に営業利益が減っているケースは、需要のある製品を限界を超えて安く買い叩かれているか、もしくは今後限界を超える可能性が高い。こうなると搾取の構造である。こういうケースであれば、まずは価格低減圧力と戦うべきである。それでダメなら別の売り込み先を早急に確保する必要があるだろう。

 そして、売り上げ高と営業利益率がともにダウンしているとしたら、それはすでにメーカーから必要とされていない。他のサプライヤーにシェアが奪われている状態だ。このケースでは他の売り込み先を見つけることも容易くないだろう。可能な限り早く転職先を探して、離脱すべきだと思う。

 筆者の友人に企業再生の専門家がいるが、この件について彼は言う。「過去にひどい会社をずいぶん見てきたけれど、下請けいじめをするメーカーは現場のモラルが低下して、問題が発生した時、それを下請けに対する不当な要求で解決しようとする。そうなるとまともな下請けは残らない。結局、メーカーは問題解決力を失って経営がおかしくなる。メーカー、下請けともに長期的に収益を上げているなら、一見厳しい要求でもそれはただの企業努力を求める圧力であって、いじめではない」。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

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