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» 2007年03月30日 07時00分 UPDATE

「アップル」の春:第2回 変わったのは“アップル”ではなく生活者の環境ではないか

クリエイターを新派としてしっかりとつなぎとめることに注力してきたアップルは近年、「iPod」や携帯電話、ビデオ録画の商品を展開するなど、視点を生活者にシフトしているように見える。だが、実はそうではないように思える。それが、今日の業績好調の背景ではないだろうか。

[成川泰教(NEC総研),アイティセレクト]

 毎年1月に開かれるアップルのイベント「マックワールド」は、いまやデジタル業界の新年における恒例行事になった。今年の開催地は米サンフランシスコで、開催期間が家電業界の大型展示会CESとダブる形になったが、iPod機能を内蔵した携帯電話「iPhone」を中心に、衝撃的な発表が相次いだマックワールドが、話題性の点で大きくCESを上回る結果となったことは記憶に新しい。

 アップルにとってこのイベントは、展示会と新製品発表会に加えて、経営方針説明会とユーザー会の役割を併せ持つ。その意味では、ほかに例を見ない内容になっている。筆者は職業柄、いろいろなIT企業が投資家やパートナー向けにさまざまなプレゼンテーション資料を提供しているのを目にしてきたが、同社についてはそのようなものを見た記憶がない。

ファクトで示す経営戦略

 今年のイベントでスティーブ・ジョブズCEOが示したアップルの戦略は、相変わらず明快なものだった。要約すると、iPhoneと「アップルTV」による携帯電話とリビングルーム市場への本格的参入を明らかにしたほか、その意気込みを象徴するかのように社名(アップルコンピュータ)から「コンピュータ」を外すことを宣言し、グーグルのシュミットCEOを取締役に招聘(しょうへい)することを発表した。

 現在の主力商品であるiPodやMac 、あるいはOSなどのソフトウェアに関する話は一切ない。これからの新しいアップルの姿について、この1年というレンジでは話題性に富んだ新商品を実物で提示し、今後数年間の長期的な戦略についてもやはり、既に決定した社名の変更とグーグルとの連携というファクトを示している。

 投資家や市場に対して必要十分な説明を行うことは、現代の企業にとって重要な責務である。しかし皮肉なことに、論理的な表現や資料で行う説明で十分な説得性を持たせるのは、必ずしも容易なことではない。経営の説明に限らず、ビジネスの世界にまん延するプレゼンテーションのレトリックに、飽和感とでもいえるような感情を抱いている人も少なくないはずだ。

 アップルのやり方は、一見して特異な手法かもしれない。だが、実はこれが「基本」である。そのことに気付いただろうか。顧客や投資家が待ち望んでいるのは「計画」ではなく「成果」でありファクトなのだから。

生活者の創造性が推進力

 アップルは、従来からクリエイターをシンパとしてしっかりとつなぎとめることに注力してきた。そこが彼らのブランドとビジネスを根底から支える源になっていることは、前回(3月14日の記事参照)述べたとおりである。そして同社の視点は、いまや生活者にシフトしている。iPodに続く携帯電話やビデオ録画の新商品群を見るにつけ、その戦略は一層鮮明になったように思える。

 しかし筆者は思う。実は大きく変わったのはアップルの視点ではなく、ウェブ2.0などのトレンドから考えるに、生活者におけるクリエイティビティが高まってきたことによる必然ではないだろうか、と。そこが同社の重視する価値につながっていることが、今日の業績好調の背景にあるようにも思える。

 ストックオプション問題や商標問題など外部から指摘される懸念は多いが、アップルはこれまでにもそうした課題を乗り越えてきた。筆者は専門家ではないので単なる思い付きでしかないのだが、同社の法務対応能力はITベンダーとして研究する価値があるのではないかとさえ思う。

 ジョブズ氏が暫定CEOに復帰してからまもなく10年を迎える。2年ほど前の米ビジネスウィーク誌のインタビュー記事に、そのころのことを振り返った、こんな言葉が載っている。

 「私が戻ってきたとき、アップルは自分が何者であるかをすっかり忘れていた。“ThinkDifferent”の広告は、われわれのヒーローはだれなのか、われわれは何者なのかということを、自分たち自身が思い出すためのものでもあった。企業はときにそういう本質的なことを忘れるものだ」

 アップルの春はまだしばらく続きそうである(「月刊アイティセレクト」掲載中の好評連載「新世紀情報社会の春秋 第十三回」より。ウェブ用に再編集した)。

※本稿の内容は特に断りのない限り2007年2月現在のもの。

なりかわ・やすのり

1964年和歌山県生まれ。88年NEC入社。経営企画部門を中心にさまざまな業務に従事し、2004年より現職。デバイスからソフトウェア、サービスに至る幅広いIT市場動向の分析を手掛けている。趣味は音楽、インターネット、散歩。


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