連載
» 2007年07月27日 09時48分 UPDATE

まつもとゆきひろのハッカーズライフ:第5回 ハッカー環境問題 (1/2)

自分の周囲の環境を積極的に改変してきた人類ですが、「電脳空間」の環境を積極的に改変していく能力は、まだ誰もが持っているとは言いがたいようです。あらゆることを自分の手で改造しないと気が済まないハッカーは、進化の最前線どころか時代に取り残されたオールドタイプなのでしょうか。

[Yukihiro “Matz” Matsumoto,ITmedia]

環境を改変していく能力

 「環境問題」といっても、地球温暖化などの話ではありません。ハッカーが生活する空間、つまりコンピューティング環境のお話です。

 地球上には数えきれないほどの種類の生物が生息していますが、人間ほど広い範囲に住んでいる生物はいないでしょう。赤熱の赤道直下から極寒の極地までカバーしています。これは生物としての耐久力が高い*からではありません。人類の繁栄は、衣服や住居によって自分の周囲の環境をコントロールすることで実現されているのです。どんなに外が寒くても快適な住居を作り上げる能力、暖房や冷房などを発明する能力、そして何よりも自分の周囲の環境を積極的に改変していこうという意欲、これこそ人類が地球を実質的に支配している理由でしょう。もっとも、積極的に地球環境を改変しすぎて、環境バランスを崩しそうになっていることは大問題ですが、それはまた別の話です。

 そんな人類ですが、コンピュータの登場によって誕生した「電脳空間」の環境を積極的に改変していく能力は、まだ誰もが持っているとは言いがたいようです。

世の中にあふれかえるコンピュータ

 現代では、20年以上前とは比べものにならないくらい大量の、しかも高性能のコンピュータが人々の周りに満ちあふれています。最近のコンピュータは昔のスーパーコンピュータをはるかにしのぐ性能を持っています。また、数の点での発展も目覚ましく、テレビやカメラ、車に炊飯器などにもコンピュータが内蔵されています。日本などの先進国では、すべての人が何らかの形でコンピュータを所有しているのではないでしょうか? また、ほとんどの人が所有している携帯電話は、通話機能とネットワークアクセス機能を持った携帯型コンピュータそのものです。電車の中や道端でケータイに向かってピコピコやっている姿を見ていると、すごいことが現実になったものだと感心します。携帯型コンピューティングデバイスを誰もが持っていて、日常生活で頻繁に利用するなどとは、SFの中でしか描かれなかった未来像です。

 また、組み込みでない汎用型コンピュータ、いわゆるPC*の普及率も高く、コンピュータ人口は昔に比べて格段に増加しています。しかし、ほとんどの人は、コンピュータを特定の仕事を果たす道具として利用するだけで、Webページをブラウズしたり、ワープロソフトで文書を作成したり、表計算ソフトで集計したりはするものの、プログラミングすることはほとんどありません。わたしの家族もごたぶんにもれず、多少はPCを使うようになりました。子どもたちの学校には「パソコン室」なるものがあり、ある種の情報リテラシのような授業が存在します。そのせいか、わたしがいないうちにPCの電源を入れて、インターネット経由でアニメを見たり、ゲームを楽しんだりしているようです。

 道具としてコンピュータを使う、与えられた機能を与えられたままに使いこなす。それはそれで悪いことではないのですが、与えられた環境に自分を適合させるというのは、人類としては退化しているように感じます。実際に情報系の大学では、コンピュータを使ったことはあるが、プログラミングについては何も知らない新入生が大量に入学して当惑する事態が頻発しているそうです。

プログラムによるカスタマイズ

 わたしがコンピュータにはじめて接したころ、コンピュータはプログラミングのための道具でした。BASICしか載っていないコンピュータでは、できることなどたかが知れていましたが、それでもプログラミングは楽しい経験でした。当時のコンピュータ*のユーザーは、ほぼ全員が何らかのプログラミングを行っていました。あのころのコンピュータは非力で、機能も少ないものでしたが、プログラミングによって「自分のやりたいことをやらせている」という感覚が味わえたものです。こうしてみると、この20数年の間にコンピュータというもののありかたは、すっかり変化してしまったようです。

 しかし、いまも昔も変わらず、ハッカーという人種は「無精」で「短気」で「傲慢」なので、与えられた環境にそのまま満足するとか、環境に自分を合わせるなどということには我慢ができないものです。ハッカーは「電子計算機」であるコンピュータを前にして、電卓をたたくなどということには耐えられません。彼らは「傲慢」なので、そのようなことは自分がコンピュータの奴隷になったように感じますし、「無精」なので単純作業の繰り返しに我慢ができません。また、「短気」なのでそのような苦痛から逃げ出すためにあらゆる努力を行い、その作業を自動化するプログラムを作り上げてしまうでしょう。

 このことこそが、ハッカーの多くがLinuxなどUNIX系OSを愛好する理由だと思います。Windowsなどとは違い、UNIX系OSではカスタマイズの余地が非常に大きいのが特徴です。気に入らない部分があれば自分の手になじむようにカスタマイズする。これがハッカーのやり方です。

 わたしが長らくEmacsを愛用しているのも同じ理由です。前回も紹介しましたが、Emacsはコア部分以外のすべてをEmacs Lispによる拡張機能として実現しています。欲しい機能があれば、Emacs Lispでプログラミングすることですぐに追加できます。15年以上Emacsを使ううちに、.emacsファイル*に蓄えられている自分用のEmacs Lisp関数は相当の分量になっています。あまりにカスタマイズしている*ため、ほかの設定ではEmacsを使いこなせません。また、わたしの.emacsでは、ほかの人は当惑することでしょう。

このページで出てきた専門用語

生物としての耐久力が高い

生物としての耐久力が高いといえばクマムシだろう。体長1ミリほどのこの生き物は、ほぼ絶対零度の-272℃から151℃まで耐え、真空にさらされても平気なのだそうだ。

いわゆるPC

日本では「パソコン」と呼んだ方が通りがいいかも。「マイコン」を経験した世代には、PCという略語には何となく抵抗がある。「パーソナルコンピュータ」なら「パーコン」ではないか。いや、それもいやだけど。「スーパーコンピュータ」の略である「スパコン」にも同様に抵抗がある。

当時のコンピュータ

70年代後半から80年代前半にかけて、個人向けのコンピュータは「マイコン」と呼ばれていた。パーソナルコンピュータの略である「パソコン」という単語が登場するのはもう少し後になる。

.emacsファイル

Emacsのカスタマイズファイル。Emacs起動時にホームディレクトリの.emacsファイルが読み込まれる。ここに関数やキー設定などを書いておくことで自分専用のEmacsを用意できる。

あまりにカスタマイズしている

今回、.emacsファイルの行数を数えたら812行であり、思ったよりも少なかった。わたしの場合、第2回で紹介したように日本語入力用のキー配列まで変えている。


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