特集
» 2007年08月28日 09時38分 公開

既成のワークスタイルを壊す「静かなる革命」:「遊ぶように仕事をする」は夢物語か? (1/2)

「仕事と遊びとは違う」という言い方はよく聞く。しかし、遊びの楽しさ、それに伴う創意工夫へのモチベーションはとても高いという面がある。おふざけではない、熱のこもった「遊び心」を仕事の中に取り入れたいとき、シャドーワークは強烈なツールとなる。

[本間大樹,アイティセレクト]

本記事の関連コンテンツは、オンライン・ムックシャドーワークを使いこなすプロデューサー型社員を目指せでご覧になれます


 企業内のフォーマルな組織やプロジェクトではなく、それらに縛られないインフォーマルな集団の独自活動をシャドーワークと呼ぶ。最近注目されているこのワークスタイルはそれ自体では「無報酬」である。金銭だけでなく、人事考課にも反映されるものでは基本的にはない。ある程度の成果が上がり、影の仕事から表の仕事、つまり組織内で明確に意味づけられた仕事になってから、正式な評価の対象となるのが通例だ。ここが組織やビジネスを活性化させる力を持つがマネジメントがしにくいという理由の1つになっている。しかし、人は金銭や地位などを保証する評価のためにばかり仕事にかかわるのではない。人から指示されなくても自らが進んで取り組む「内発的動機」ともいうべきものが、人の行動にさまざまに影響している。シャドーワークのマネジメント成功を握る鍵は、この「内発的動機」だといえる。参照記事

「遊び化」こそが仕事の喜びを取り戻す方法だ

 シャドーワークの本質は、それは非公認であり、無報酬の行為であるがゆえに価値があるのだといえる。そこには「内発的動機」が横溢している。誰がやれというのでも、報酬のためにやるのでもないから当然のことだ。仕事それ自体に対する興味や面白さに突き動かされてやっているのである。

 そして「内発的動機」に基づいた行為と結果こそが、真に生産的な活動であるとアメリカの心理学者、エドワード・L・デジは主張する。そこには他者からの要請、命令がきっかけとなる「外発的動機」では期待しづらい、創造性や発展性、自己成長性が望めるからだ。

 子供の頃の「遊び」を思い出してもらいたい。誰かにやれと言われて「遊び」を始めたことがあるだろうか?何か報酬をもらえるからといって始めただろうか?誰にも強制されずに自由に「遊び」を「遊び」として楽しめたからこそ夢中になってやれたはずだ。

 そこには自ずと創意工夫があり、純粋な達成感と喜びがあり、ひいてはなんらかの自己成長性もあったはずだ。「遊び」を大人の世界に当てはめて考えると、一番近いのは「趣味」となるだろうか…。

非公式で無報酬のシャドーワークはいわば仕事の「遊び化」であり「趣味化」であるとも言えよう。「遊び」だの「趣味」だの、まじめな人は抵抗があるかもしれないが、それこそが仕事本来の持つ楽しさや面白さ、喜び、つまり労働の本質を取り戻すキーワードなのである。

 そしてシャドーワークによって結びついた集団、そこにおける人間関係が、本来のフォーマルな会社組織のつながりに比べれば、強固かつ創造的な関係を築いているケースが多いのも当然のことだ。報酬というものを度外視した関係だけに利害意識が少なく、同じ仕事に対する興味と面白さを共有している結びつきであるがゆえに、「遊び」や「趣味」の仲間に近い同志的親近感が生まれやすいのである。そしてこのことはその集団の創造性をさらに高めることとなる。

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