スパコンをめぐるNECの事情伴大作の木漏れ日(1/2 ページ)

スパコンのトレンドはベクター型からスカラー型へと変わりつつある。そのトレンドからは、日本のスパコン技術を発展させる2つの道が見えてくる。

» 2010年11月09日 08時00分 公開
[伴大作,ITmedia]

 2010年10月6日、NECと日本HPは、日本HPが製造するGPU搭載ProLiant SL390s G7(NEC側の型式名は未定)の販売とシステムインテグレーションで協業すると発表した。

 正直、僕はベクター型スーパーコンピュータのファンだ。つまりNECのSXシリーズのファンということになる。今や世界中で絶滅危惧種ともなりつつある、ベクター型が好きだという自分は、変人に「仕訳」されてしまうのかな。

 だが、ほんの少し前までスーパーコンピュータ(以降、HPCとする)とはベクター型プロセッサを搭載したコンピュータを意味していた。ベクター型を好む僕が変わっているのではなく、世間あるいは時代が変わったというのが正しい。現在の、スカラー型の汎用CPUを使ってHPCを開発する困難な作業を行うというトレンドが、僕には「狂気の沙汰」に見えるのだ。

 ところで先日、富士通は理化学研究所向けに世界最高の計算性能を達成する次世代HPC「京」を出荷開始すると発表したが、NECはそのプロジェクトから、土壇場で降りてしまった。開発が製造段階に入り、資金的な負担が経営を圧迫すると判断したためと言われているが、本当だろうか……?

 今回はこの件も含め、NECと日本HPの科学技術計算分野の提携について、その背景と狙いの話をしよう。

ベクター型HPCは遺物

 毎年6月と11月には、HPCランキング500が発表される。特に今年11月の発表には世界が注目している。ここ数年目覚しい勢いで性能向上を果たしている中国の存在があるからだ。

 現在の世界一は、2009年秋の発表で1位を獲得したCray Incの「Jaguar」だ。こちらはAMDのOpteronを使用したマシンで、22万4162コア、175万9000ギガフロップスの計算性能を誇る。2010年6月の発表でもJaguarは引き続き1位を獲得したが、2位に躍り出たのは、深セン中国国立スーパーコンピュータセンターの「Nebulae」だ。主演算装置には、Xeon X5650(Westmere-EP)2.66GHzおよびNVIDIAのTesla C2050 を用い、計算性能は12万640コア、127万1000ギガフロップスに達する。ちなみに3位はPalystation3に用いられているCELLチップを使った「Loadrunner」であった。いずれのマシンもスカラー型だ。世界のHPCの常識は今やスカラー型、あるいは「スカラー+GPU」である。「白髪三千丈」のお国がらだけあって、何でも人海戦術で乗り切ろうとする同国にとっては、大量の汎用スカラープロセッサを使うHPCは、身の丈に合っているのだろう。

 日本勢はベスト10にも入れず、22位に日本原子力研究開発機構(JAEA)の富士通製HPC(186.1テラフロップス、2010年3月に稼働開始)がランキングしている。8年前、世界を驚かせた「地球シミュレータ」は38位にランクイン。SX-9にリプレースしたおかげで、いまだに高い計算性能を誇っている。それでも、スパコンランキングを見る限り、“過去の遺物”と言われかねない状況である。

スカラー型の長所と短所

 HPCの世界を席巻した感のある、スカラー型HPCだが、意外にその弱点は知られていない。一般にスカラー型は大量の並列データを連続して処理する場合、計算が進むにつれ、計算性能が低下する。また、同時に異なったアルゴリズムの計算をする場合、ベクター型は対応できるが、スカラー型は対応できない場合が多い。つまり、ベクター型の方がスカラー型と比べて稼働率が高いとされている。

 もちろん、スカラー型は圧倒的に価格が安いので、数多くのHPCを配置すればこの問題は解決できる。事実、アメリカではそのようにしている。この価格の安さが最大の長所だ。スカラー型のCPUやGPUは新興国でも容易に入手可能であり、中国やロシアがランクインしたのは、このおかげといってよいだろう。

 スカラー型には、アプリケーションの問題もある。ベクターで使っていたプログラムを動作させようとしても、簡単には動かせない。これは並列化の処理で、プログラムをスカラー型用に書き換えないとまともに動かないためだ。もちろん、それらの処理を自動的に行うコンパイラで古いアプリケーションをスカラー型に正規化することもできるが、多くの場合、スカラー型のHPCの性能をフルに発揮できない。やはり、スカラー型に合わせてプログラムを書き換えるのが適切だ。

 そのためにはソフトウェアの開発力が問われる。だが一般に、研究機関に在籍する研究者は、プログラミングに精通しているわけではない。つまり、プログラマーを雇わないといけない。日本の研究機関では、その研究開発費に研究者の人件費や機材の費用を見込んではいるが、プログラマーの費用までは見ていないのが一般的だ。僕はこれが、いまだにスカラー型が日本で普及しない、最大の理由だと考えている。

NECと日本HPが提携した背景

 以前僕は、NECとインテルが、ベクター型計算処理組み込みプロセッサの開発で技術提携する方向だと記した。この動きがどの程度まで進んでいるかは分からないが、理化学研究所の「京」プロジェクトを辞退した理由として、高額な開発費が挙げられたことからも分かるように、CPUの開発にはお金がかかる。どんなチップでも、開発から生産にいたるまで、少なくとも1000億円程度の費用がかかるのが常識だ。

 4ノードで1台のHPCを構成するとして、250台を売って、1000個のプロセッサを販売できたとしても、HPC1台当たりのプロセッサコストは4億円にのぼる。SXのモデルチェンジはおおむね3年であり、その間にどれ程の台数を販売できたかは定かでないが、昨今の価格低下のあおりも受け、NECが期待したほど、利益は出ていないはずだ。当たり前だが、汎用CPUを開発生産するインテルやAMD、GPUのNVIDIAなどと比較しても、プロセッサの開発生産と性能向上は遅々として進まない。2010年末、あるいは2011年春にも発表されるとみられるSX-10が、NEC独自で開発した最後のベクター型プロセッサ搭載HPCとなるのではないか。つまり、Intelとの提携はNECにとって「歴史の必然」なのだ。

 一方、HP側もHPC分野ではサッパリだ。DECを買収し、アカデミック分野、科学技術分野で圧倒的な地位を確保したはずだが、米国でも日本でもDECが築き上げた顧客資産を損なうばかりではないか。「非臨界核実験シミュレーションシステム」で世界を驚かせたDECのHPCテクノロジーもHPは引き継げず、DOD(国防総省)もHPC調達に関し、IBMとCrayに絞ると発表した。つまり、見限られたのだ。日本に関してもこの動きは顕著で、DEC(HP)のHPCは次々にリプレースされているようだ。

 僕の知る限りでは、代替としてIBMのPOWER搭載マシンを導入する動きが顕著だ。HPにとって、最大のライバルに客を取られるのは、しゃくなハズだ。

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