内部不正は従業員が退職した後に発覚する場合もあります。悪質な行為をした従業員を逃がさないためにも、企業として事前に講じておくべき手段を紹介しましょう。
前回は企業に深刻なダメージを与えかねない「内部犯罪」の特徴を取り上げました。今回は内部犯罪の中でも、近年は増加傾向にある「退職者(もしくは退職予定者)」による問題と対策について解説します。
数年前にある中堅企業のA社で実際に発生したケースを紹介しましょう。
その会社の従業員であるK氏は、10年ほど前から密かに経理の数字をごまかし、少しずつ会社のお金を着服していました。そして、定年を迎えたK氏は退職しました。K氏の後任者がその後、数字の矛盾に気が付いて役員に相談し、徹底的に証拠を洗い出したことで、K氏の横領が明らかになったのです。その金額は合計で2000万円にもなり、まだ時効になっていない期間の横領額だけでも800万円に上りました。この事実が判明した時点で、K氏の退職から既に2週間が経過していました。
私は、K氏が使用していたPCのフォレンジック調査に関わり、さまざまな証拠を発見しました。その際、ある役員は「K氏には今月末に1200万円の退職金が支給される。これを損害の補てんに充当すれば、少しは救われるよ」と話したのです。調査に同席していた顧問弁護士と私は、役員の話に一抹の不安を感じ、就業規則や退職金規定を確認させてほしいとお願いしました。その内容を見て、私の不安は的中しました。
役員には次のように告げることしかできませんでした。
「誠に残念ですが、あなたが考えていることを強制的に行うことはできません。刑事事件や民事事件として対応を進める前に、K氏と彼の弁護士と話をし、退職金を返納するようにお願いするしかないですね」
すると役員は、「そんなはずがあるか! それではわが社は“盗人に追い銭”になってしまうではないか。なぜダメなんだ」と憤慨しました。
この役員の憤慨ぶりは、感情的に見れば当然のことでしょう。しかし、法的には半ばあきらめざるを得ない結果でした。その原因は規程集の不備にありました。
一般的に規程集は会社を設立する際に作成します。しかし中堅・中小企業は限られた資金の中で準備をしなくてはならず、規程集にまで意識が及ぶことはあまりありません。その結果、素人が見よう見まねでサンプルを参考にしながら作成してしまうことがあります。専門家や弁護士に規定集の内容をチェックしてもらえば、このような事態を回避することができます。しかし、「1円でも経費を抑えたい」というのが設立者のホンネです。決して否定はしませんが、設立者自身が作成する場合に、「勘所」だけでもしっかりとおさえていただきたいと思います。
A社のケースでは以下の問題がありました。
A社ができるのはK氏に自主返納を促すことしかありません。しかし実際には、横領した金のすべてを使い込んでおり、退職金まで使い切ってしまうような人間もいます。これを防ぐには、例えば次の文章を規程集に加えるべきでした。
「懲戒解雇した場合、もしくは退職後であっても懲戒事由に相当する行為が発覚した場合は、退職金の一部もしくは全部を支給しない。」
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