野球においてデータは“心の支え”であり、“デザート”である 達川光男氏(1/2 ページ)

捕手として80年代の広島カープの黄金期を支えた達川氏が、笑いのプレースタイルの裏側に秘められた緻密なデータ活用術を語った。

» 2012年09月26日 08時00分 公開
[伏見学,ITmedia]

 元プロ野球選手で、現野球解説者の達川光男氏は、捕手として広島東洋カープを長年にわたり支えてきた功労者の一人だ。広島商業高校、東洋大学という野球名門校でのキャリアを歩み、1977年にドラフト4位でカープに入団した。その後、1992年に現役を引退するまでに、個人タイトルではベストナインを3回、ゴールデングラブ賞を3回受賞し、5度のリーグ優勝、3度の日本一を経験した。

選手時代、広島カープの3度の日本一に貢献した達川光男氏 選手時代、広島カープの3度の日本一に貢献した達川光男氏

 達川氏というと、“珍プレー”などひょうきんな面にばかり目が行きがちだが、北別府学、大野豊、津田恒美、川口和久など「投手王国」と呼ばれた広島の投手陣を下支えした捕手として、緻密なリードと、それに裏付けられるデータ戦術は高く評価されている。

 昨今、野球の統計理論「セイバーメトリクス」を取り入れてチーム強化を図った、メジャーリーグのオークランド・アスレチックスでの実例を書いた小説「マネーボール」が話題を集めたように、野球におけるデータ活用の重要性はますます強まっている。

 そうした中、選手、コーチ、監督としてプロ野球の現場を知り尽くす達川氏が、「勝つためのデータ分析」をテーマに、ガートナー ジャパン開催の「ビジネス・インテリジェンス&情報活用 サミット 2012」の基調講演に登壇。後日、インタビュー取材に応じ、自身の経験を基に野球とデータの関係性などを語った。(聞き手は、ガートナー ジャパン リサーチ部門 リサーチディレクター・志賀嘉津士氏、編集部・伏見学)


データは心の支え

 野球をプレーする上でなぜデータが必要なのかというと、ある程度の予測をするためです。例えば、「この打者はここに打球が飛ぶだろう」とか、「あの投手は次にこのコースへ投げてくるはずだ」といった具合です。球速150キロのボールを投げるようなプロのレベルになると、予測しないとまず打てません。そこで打者はデータを基に投手が投げる球を予測し、コースや球種、高低を絞ります。事前にデータを分析しておくことで、物事を決断するときの思い切りの良さにつながります。データは心の支えと言えるでしょう。

 データは、その相手と初めて対戦したときから蓄積され続けていくものです。短所や長所を含め、経験したことすべてがデータになります。これまで数多くの選手を見てきて言えるのは、優れた選手は皆、データ分析力がある選手で、すなわち、記憶力と感性に長けています。一方で、自分の頭の中で記憶できない選手は、必死にメモをして、試合前に読み返すことでカバーしていました。

 例えば、外野手は打者の打球方向に関するデータばかりを収集しています。A投手のときのB選手の打球はどうか、C投手のときのB選手の打球はどうか、といったデータを細かく記憶し、それに応じたポジショニングをとるのです。よく外野手が飛び込んで捕球したときにファインプレーだと言いますが、データ分析によって打球を予測し、一歩も動かずに捕球するのが真のファインプレーだと思います。飛び込みキャッチなんて守備位置が悪いのだと言い切る名選手もいたほどです。

日本シリーズで三冠王を抑える

 具体的にデータをどのように作り、実践で生かしていくかという例を1つ紹介しましょう。

 1984年の阪急ブレーブスとの日本シリーズで、広島が日本一に輝いたときのことです。対戦相手の阪急は、野手は福本豊選手、簑田浩二選手、ブーマー・ウェルズ選手、投手には山田久志選手、今井雄太郎選手、佐藤義則選手と錚々たる顔ぶれで、リーグ戦だったらきっと負け越しているようなチームでした。中でもその年の三冠王(打率.355、37本塁打、130打点)だったブーマー選手をどう抑えるかがシリーズで勝つための鍵でした。

 当時は今のように交流戦もなく、オープン戦でも対戦してなかったので、ほとんどブーマー選手に関するデータがありませんでした。そこで第1戦の先発だった山根和夫投手に一番得意な球を投げさせることで、ブーマー選手の反応を見て弱点を分析し、現場で新たなデータを構築していくようにしたのです。打たれてもいいからと第1打席にインコース攻めをしたら、見事打ち取ることができました。それが布石となり、次の打席以降、ブーマー選手はインコースを意識することで、アウトコースのワンバウンド気味のフォークボールにも手を出すようになりました。結果的にシリーズを通して抑えることができたのです。

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