企業を守るサイバーセキュリティの精鋭部隊「CSIRT」のリアルな舞台裏を目撃せよ――メタンハイドレード関連の貴重な技術を持つ「ひまわり海洋エネルギー」のCSIRTは、次々と仕掛けられる攻撃を迎え撃つ。前回のインシデントでは、社内に無数の「セキュリティなきIT機器」が見つかった。担当チームが社内の各部門を奔走した矢先、今度は全社をかけたイベントに新たな脅威が……?
一般社会で重要性が認識されつつある一方で、その具体的な役割があまり知られていない組織内インシデント対応チーム「CSIRT(Computer Security Incident Response Team)」。その活動実態を、小説の形で紹介します。コンセプトは、「セキュリティ防衛はスーパーマンがいないとできない」という誤解を解き、「日本人が得意とする、チームワークで解決する」というもの。読み進めていくうちに、セキュリティの知識も身につきます
メタンハイドレード関連の貴重な技術を持つ「ひまわり海洋エネルギー」で、CSIRTチームのコマンダーに任命されたのは、先代に鍛え上げられた29歳の本師都明(ほんしつ めい)。彼女は重い責任に戸惑いつつも、仲間と共に、次々と仕掛けられる攻撃から企業を守るために戦う。前回のインシデントでは、社内に無数の「セキュリティなきIT機器」が見つかり、部署同士の連携不足が浮き彫りになった。担当チームの部門をまたいだ奔走にも助けられ、やっと事態が落ち着いた矢先、今度は全社をかけたイベントに新たな脅威の手が……?
6月。最近は梅雨が7月にずれ込むことも多いが、今年はきっちり6月に梅雨入りした。
今日もあじさいの鮮やかな青、紫に混じって多くの華やかな傘の花が出勤前の道に咲いている。
最近、傘を新調した本師都明(ほんしつ メイ)はあじさいを見ながら思った。
――傘が新しいと雨でも気分がいいわ。そういえば、あじさいって土の酸性度によって色が変わるということだけど、この辺りはみな青いわね。
メイは傘をたたんで社内に入った。
朝一番のルーティーンとして、メイはPCのメールをチェックし、変わったことや異常事態が起きていないか確認する。
もちろん、緊急のメールはメイのスマホにも届くため、慌ててPCのメールをチェックする必要はない。メールの連絡はセキュリティだけではなく、システム障害が起きた場合でも連絡が入るようになっている。何かしらの不具合が発生した場合、初期の段階では果たしてそれがシステム障害なのか、それともセキュリティインシデントなのか分からないからだ。
――あとは大武(だいぶ)のヤツから変な連絡が来ない限り、安息の日々が送れる。
メイは今日も無事に過ごせるように祈った。
とてとてとてーっと足元が危ない感じで走りながら、羽生(はぶ)つたえがやって来た。
「メイ様、おはようございます。社内電子掲示板のお知らせ見ましたー?」
メイはちょっと苦い顔で答えた。
「つたえ。メイ様はやめてって言ったじゃない……」
つたえは動じない。
「えー、だって私、メイ様をリスペクトしているし、いいじゃないですかー」
メイはそれ以上抵抗するのは諦めたが肯定もしなかった。
「それで? 私も今出社したばかりで掲示板は見ていないけど何?」
つたえはふん! という、どや顔をして答える。
「いよいよウチの会社、メタンハイドレードの技術についてイベントを打つみたいですよっ!」
メイは、自分自身が発表する訳でもないのに誇らしげに語るつたえを可愛らしく思いながら応える。
「そう、それはすごいわね。確かに6月は、他にもイベント多いものね。企業も新年度が落ち着いて、そろそろ本気を出す時期になっているからかしらね」
つたえが即答する。
「そうみたいです。なんと! 今日からWebサイトでイベント内容の発表と入場の受付をするらしいですっ!」
メイは少し驚きながら応える。
「それにしても急ねー。Webサイトの作りとか、大丈夫なのかしら。明徴(めいちょう)君のところでちゃんと脆弱(ぜいじゃく)性診断をしておいてくれているのならばよいのだけど……」
――いずれにせよ、楽しみね。ついに発表か。メディアもにぎわうわね。
メイは少しワクワクして執務に没入した。
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