モバイルSuicaは“狭き門” 神尾寿の時事日想:

» 2006年01月30日 12時17分 公開
[神尾寿,ITmedia]

 1月28日、JR東日本の「モバイルSuica」のサービスが始まった(1月28日の記事参照)。詳しくはリポート記事(1月28日の記事参照)に譲るが、日本最大で運用されるFeliCaサービスのおサイフケータイ対応だけに、注目・期待していた読者は多いだろう。しかし、実際にモバイルSuicaを試した人の多くが、利用制限の多さや初期設定の難しさに辟易したのではないだろうか。

 モバイルSuicaは今のところ、万人向けのサービスになっていない。それどころか、使い始めるのに労苦と忍耐を要する「狭き門」になっている。

厳しい利用の前提条件

 まず、モバイルSuica利用の前提条件が、ハードルが高い。

 度々報じられたとおり、モバイルSuicaが利用できるのはJR東日本の適合性試験をクリアーした端末のみ。ドコモのD902iのように最新機種でありながら利用できない端末や、auのW32Sのように当初利用可能とされながら改修を受けなければならないものがある(2005年12月3日の記事参照)。今春の新機種にしても、「モバイルSuica対応かどうかは発売日直前までわからない」(KDDI広報)という状況で、対応・非対応の泥縄状態は今も続いている(1月24日の記事参照)

 さらに、こちらも既報の通りだが、モバイルSuicaが利用できるのは当面JR東日本のVIEWカードユーザーのみだ。JR東日本はモバイルSuicaサービス開始に合わせて、駅でのVIEWカード申し込みで即日利用できる仮番号を発行している。しかし、モバイルSuicaの利用しやすさを優先するならば「VIEWカードユーザー限定」は早い段階で緩和した方がいいだろう。

 モバイルSuicaの利用にVIEWカードが必須であることは、「使いにくい」だけでなく、サービスの早期普及にとっても阻害要因になる可能性がある。学生層の取りこぼしである。周知のとおり、携帯電話のリテラシーが高く、新サービスを積極的に受け入れるのは若年層が中心である。特にモバイルSuicaは定期券機能も持つため、春商戦の段階で「モバイルSuica=通学定期サービス」の組み合わせが実現できれば、新入学商戦におサイフケータイの訴求が可能になったはずだ。例えば、長崎県バス協会の「長崎スマートカード」では、通学定期機能の実装による学生への訴求から、若年層を初期市場の足がかりにする戦略を取っている。しかし、VIEWカードユーザー限定で、しかも通学定期を対象にしていない今のモバイルSuicaは、10代の学生・若年層を初期市場のコアにして、リテラシー伝播を狙うことができない。

大きすぎるアプリ、煩雑すぎる初期設定

 モバイルSuica対応携帯電話を所有し、VIEWカードも契約している。そこまでハードルを越えてきても、その先にはアプリ容量と初期設定という壁が待ち受ける。

 モバイルSuicaは良くも悪くも“リッチなおサイフケータイアプリ”であり、容量が大きい複数のアプリで構成されている。ドコモの場合、「鉄道・バス設定iアプリ」と「Suica設定アプリ」と、「モバイルSuicaアプリ」の3つが必要であり、auの場合でも「Suica設定アプリ」と「モバイルSuicaアプリ」の2つが必要だ。また使用するモバイルFeliCa共通領域の容量も大きく、手持ちのW32Sで確認したら137BLも消費していた。ちなみに電子マネー「Edy」アプリが40BL、ANAマイレージクラブアプリが29BLである。モバイルSuicaが多機能とはいえ、これだけ共通領域の消費量が多いと、他のおサイフケータイアプリと共存する場合に容量不足になるユーザーも出てきそうだ。

 初期設定も驚くほど煩雑だ。モバイルSuica会員登録は入力する個人情報その他が多く、吉岡記者が指摘しているように電話番号など半角数字しか入らないはずの入力欄で、初期状態がアルファベット入力になっている(1月28日の記事参照)。今どき信じられないくらい不親切な仕様である。登録時にはPCからの入力を勧める一文もあるが、モバイルSuicaならば、携帯電話で使いやすく・わかりやすい初期設定画面を作り込んでおくべきだろう。現段階では、初期設定が煩雑であり、この段階でつまずく一般ユーザーが出てきても不思議ではない。

モバイルSuica普及のためにも早期改善を

 不満ばかり書いたが、利用できる状態になれば、モバイルSuicaが便利なのは事実だ。特にオンラインチャージや利用履歴の確認、オンラインでのグリーン券購入などは、使い始めればカード型Suicaに戻れない便利な部分であることは間違いない。また、機種変更時の移行機能も説明文付きで用意されており、その点でも安心だ。問題なのは、せっかくのよいサービスが「誰もが使えるもの」になっておらず、おサイフケータイの普及拡大や利用率向上にあまり貢献していない点にある。

 JR東日本は、可能なかぎり早期に、モバイルSuicaを取り巻く「狭き門」を取り払ってもらいたい。特にモバイルSuicaがVIEWカードユーザーのみという制限や、初期登録の煩雑さは今すぐにでも改善が必要だろう。またキャリアや端末メーカーとしっかりと歩調を合わせて、今後、発売されるおサイフケータイは原則モバイルSuica対応にしていくための「ルール」を確立すべきだ。

 JR東日本は日本最大の輸送人員を誇る公共交通事業者である。ある程度、慎重な姿勢にならざるを得ないのは理解できる。しかし、その一方で、幅広いユーザーに使いやすく・良質なサービスを提供する社会的な責任もある。新たなデジタル格差を作るべきではない。

 今後、モバイルSuicaが多くの人に喜んで使われるサービスになるよう、努力してもらいたいと思う。

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