シナリオプランニング(しなりおぷらんにんぐ) 情報システム用語事典

scenario planning

» 2008年12月15日 00時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

 将来起こり得る環境変化を複数のシナリオとして描き出し、その作業を通じて未来に対する洞察力や構想力を高め、不確実性に対応できる組織的意思決定能力を培うことを図る、戦略策定および組織学習の手法。事業戦略の立案、プロジェクト計画、危機管理・リスク管理、株式分析・経済分析、組織変革・意識改革などに活用される。

 企業や組織の事業計画は、直近の実績やトレンドに基づいて立案されるのが一般的だが、未来を過去と現状の延長としてとらえる方法では、不連続な環境変化が起こった場合に適切な対応ができない。そこで起こり得る未来を「シナリオの策定」という形で仮想的に経験することで、意思決定者が(心の準備を含めて)事前に対策を練り、変化の予兆を見逃すことなく、不確実性に対応できるようにする手法がシナリオプランニングである。

 軍事的な戦略・戦術、外交政策などの検討・立案に用いられていたシナリオ法(scenario method)を企業の事業計画策定に取り入れたもので、今日では予測や計画の技法というよりも、企業の経営者やリーダーが不確実な現実世界を深く認識し、組織内でそれを共有する組織学習のためのグループプロセスとみなされている。

 シナリオプランニングにおけるシナリオとは、意思決定者が認識しておくべき異なった複数の未来像である。“起こり得る”未来ではあるが、“必ずそうなる”という予測ではない。将来の可能性を網羅すること――とりわけ、起こり得る最悪の成り行きを認識することがシナリオ作成の大きな目的である。意思決定者の間で事前にあり得る未来が把握されていれば、現実にその環境変化が起こったときに、どのような事態に発展する可能性があるかを即座に見抜き、混乱することなく対処できる。いい換えれば、「予想外の事態が起こった」ということがないようにするための思考ツールである。

 シナリオは唯一の未来を描くものではないため、通常は2〜3個程度のストーリーの集合として作られる。予知ではないので、各シナリオに発生確率を付すこともしない。起こり得る事象のうち、両極端なケースを取り上げることで「未来の変動幅」が明確になれば、意思決定者が対策や戦略を考えるべき範囲が明らかになる。

 シナリオが“物語”として表現されるというのも特徴の1つである。誰にでも理解でき、感覚レベルでの認知が可能になるため、シナリオを作ったり、読んだりした人々の間でイメージが共有され、コミュニケーションを促進できる。ただし、シナリオはあり得ない前提や希望的観測に基づいていてはならず、なぜ未来が不確実なのかが論理的・構造的に理解できるように構成されていなければならない。

 シナリオプランニングでは、「外部環境」と「戦略」を分けて考える。シナリオは外部環境を客観的に描写するものであって、通常は自社の戦略(対策)は含まない。基本的な手順は、シナリオを作成して事態を把握・認識し、各シナリオに対処するための戦略を考えていくという形である。

 初期のシナリオプランニングでは、プランナーが外部環境を仔細に分析してその表現としてシナリオを作り、経営陣がシナリオに基づいて戦略を策定するという分担を前提としていた。しかし、近年ではシナリオ作成の過程で経営環境を複眼的に認識する能力が養われる点が強調されるようになっており、経営者や現場管理者もシナリオ作成に参加することが推奨される。

 シナリオプランニングのシナリオ作成手順は、論者や流派によっていくつかあるが、シナリオプランニングのコンサルティング企業であるグローバル・ビジネス・ネットワーク(GBN)が体系化した方法がよく知られている。GBNは、1970年代からスタンフォード研究所(SRI)でシナリオプランニングの研究を始め、そのビジネス応用の先駆者として知られるピーター・シュワルツ(Peter Schwartz)が中心となって設立されたファームである。

  1. 目的(取り上げるべき問題、意思決定すべき対象など)や展望期間を決定する
  2. 自社ビジネスに影響を与え得る情報を幅広く収集し、環境変化要因(シナリオドライバー)をリストアップする
  3. 特に重要性と不確実性が高く、経営に大きな影響を及ぼす環境変化要因(ドライビングフォース)を選び出す。異なるシナリオの分岐の軸となるものであり、この選定が極めて重要である
  4. シナリオ作成を作成する。シナリオは、ドライビングフォースの組み合わせの数だけ作られることになる

 上述の方法は外部環境分析を先行するが、先にシナリオ(初期シナリオ)を作り、議論を重ねながら洗練していく手法もある。

 シナリオプランニングの直接的な歴史は、米空軍のシンクタンクとして創設されたランド・コーポレーション(以下、ランド)が開発したシナリオ法(シナリオライティングとも)に始まる。第2次世界大戦中から米軍では、OR手法をさかんに利用していた。その活動の中でORの数理モデルで展開された解をそのまま戦略立案に用いるのではなく、具体的な状況を踏まえたストーリーに展開する作業が行われた。ストーリー化することで人と物、人と環境といった数量化できない要素の問題点などが発見され、作戦立案に有効だったという。すなわち、定量的なOR手法の欠点を補う、定性的な技法としてシナリオ法の原型が作られたといえる。

 1950年代になると、コンピュータによる高度なシミュレーションやゲーム理論の発展などを背景に、ランドはソ連核戦力に対抗する米空軍の核・ミサイル戦略を検討するため、各種シミュレーションを行い、それをシナリオとして表現した。その内容は、1960年になってランド研究者のハーマン・カーン(Herman Kahn)が『On Thermonuclear War』(熱核戦争論)を出版して一端が公開され、大きな話題となった。

 そのカーンは1961年にランドを去ってハドソン研究所を設立、シナリオ法を未来予測や公共政策に展開し始めた。デルファイ法で知られるオラフ・ヘルマー(Olaf Helmer)、セオドア・J・ゴードン(Theodore Jay Gordon)もカーンを追うようにランドを離れて新たに未来研究所を設立し、SRI未来グループやカリフォルニア工科大学(Caltech)の研究者とシナリオを未来予測をプランニングツールに適用する研究に着手した。

 一方、ヨーロッパでは1950年代にフランスの芸術家・哲学者であるガストン・ベルジェ(Gaston Berger)が未来学(la prospective)を提唱、1957年に未来学研究センターを設立して、政治や社会のプランニングにシナリオを活用する試みを始めた。この流れは、ピエール・マッセ(Pierre Massé)、ベルトラン・ドゥ・ジュヴネル(Bertrand de Jouvenel)、ミシェル・ゴデ(Michel Godet)らに引き継がれ、理論研究と実践が進められている。フランスでは1960年代からは国家経済計画にシナリオ手法を導入しており、内閣には未来予測担当大臣の席がある。

 カーンらを源流とする米国流シナリオ手法があり得る複数の未来を網羅的に探索するのに対し、フランス流のシナリオ手法は、あるべき未来を想定してそれを形作るには現在において何をすべきかに力点を置く。フランスの理論家は、前者を「探索的シナリオ」、後者を「規範的シナリオ」と区分している。

 シナリオ法を企業における長期プランニングに適用し、“シナリオプランニング”へと昇華させたのは、ロイヤル・ダッチ/シェル(以下、シェル)であった。1967年、シェルでは統合計画法(UPM:Unified Planning Machinery)という名称で全グループ共通のキャッシュフロー計画体系を導入した。しかし、このUPMには環境変動が大きな場合などに致命的な間違いを犯すという大きな問題があり、これに代わる方法が模索されていた。

 この時期、シェル本社(ロンドン)のグループ・プランニング室にピエール・ワック(Pierre Wack)というフランス人プランナーが配属されていた。1967年に出版されたカーンらの未来予測書『The Year 2000』に触発されたワックは、テッド・ニューランド(Ted Newland)、ピーター・ベック(Peter Beck)、ナピール・コリンズ(Napier Collyns)らとともに、シナリオを適用して西暦2000年時の石油産業について洞察を加えるプロジェクトを実施した。その結果、「石油価格は現状を維持する」「OPEC(石油輸出国機構)が主導して石油価格の高騰が起こる」という2つのシナリオが導出された。シェル経営陣は当初、このシナリオを取り合わなかったが、ワックらは現場部門に働き掛けるなどして備えを進めた。1973年に第4次中東戦争が勃発して石油危機が現実のものとなると、シェルはこのシナリオに基づいて急激な環境変化に対応。危機前にはセブンシスターズ(当時の国際オイルメジャー7社)下位だった同社は、戦争終結時には世界第2位にのし上がっていた。

 また1980年代にはワックの後任として、SRIからシェルに招かれたピーター・シュワルツが「ソ連は現状の体制を維持する」「ソ連は経済悪化からグリーン化(民主化)する」という2つのシナリオを描いた。ソ連でペレストロイカが始まったとき、シェルはいち早く動き、ソ連の天然ガスや油田の権益獲得で優位に交渉を進めることができたという。

 こうしたシナリオプランニングの「複数のオプションを考慮する」「未来に働き掛ける」という思考は、政府や企業のプランニングにほかにも非政府組織や教育界など、幅広い分野で活用されている。

参考文献

▼『紀元2000年――33年後の世界』 ハーマン・カーン、アンソニー・ウィーナー=著/土屋清=校閲/井上勇=訳/時事通信社/1968年5月(『The Year 2000: A Framework for Speculation on the Next Thiry-Three Years』の邦訳)

▼『考えられないことを考える――現代文明と核戦争の可能性』 ハーマン・カーン=著/桃井真、松本要=訳/ぺりかん社/1968年7月(『Thinking about the Unthinkable』の邦訳)

▼『技術予測入門』 牧野昇=編著/日刊工業新聞社/1971年4月

▼『シナリオ・ライティング入門――未来を読みとる戦略技法』 飯沼光夫=著/日本能率協会/1982年6月

▼『三つの未来――衰退か再生か、日本のシナリオ』 中前忠=編著/日本経済新聞社/1998年8月

▼『シナリオ・プランニング――戦略的思考と意思決定』 キース・ヴァン・デル・ハイデン=著/グロービス=監訳/西村行功=訳/ダイヤモンド社/1998年9月(『Scenarios: The Art of Strategic Conversation』の邦訳)

▼『シナリオ・プランニングの技法』 ピーター・シュワルツ=著/垰本一雄、池田啓宏=訳/東洋経済新報社/2000年6月(『The Art of the Long View: Planning for the Future in an Uncertain World』の邦訳)

▼『企業生命力』 アリー・デ・グース=著/堀出一郎=訳/日経BP社/2002年4月(『The Living Company: Habits for Survival in a Turbulent Business Environment』の邦訳改訂版)

▼『シナリオ・シンキング――不確実な未来への「構え」を創る思考法』 西村行功=著/ダイヤモンド社/2003年5月

▼『[入門]シナリオ・プランニング――仮説検証型の意思決定ツール』 キース・ヴァン・デル・ハイデン、ロン・ブラッドフィールド、ジョージ・バート、ジョージ・ケアンズ、ジョージ・ライト=著/西村行功=訳/ダイヤモンド社/2003年7月(『The Sixth Sence: Accelerating Organizational Learrning with Scenarios』の邦訳)

▼『未来ビジネスを読む』 浜田和幸=著/光文社/2005年1月

▼『ランド――世界を支配した研究所』 アレックス・アベラ=著/牧野洋=訳/文藝春秋/2008年10月(『Soldiers of Reason: The RAND Corporation and the Rise of the American Empire』の邦訳


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