オリンパス、「SaaS活用のコツは“割り切り”と“自己責任”」「Gartner Symposium/ITxpo 2010」でSaaS型ERP事例発表

» 2010年10月27日 00時00分 公開
[内野宏信,@IT]

 10月25日から27日にかけて、ガートナージャパンが開催している「Gartner Symposium/ITxpo 2010」で、オリンパス IT統括本部 本部長の北村正仁氏が、SaaS型ERP製品「NetSuite」の導入事例を発表した。国内でも急速に浸透しつつあるSaaSだが、基幹系システムでの導入事例はまだ少ない。ガートナージャパン 本好宏次氏によるリードで話が進められる中、多くの聴講者らは随所でうなずきつつ、SaaS活用に対する認識を深めていた。

SaaS型ERPを使って海外拠点にもITガバナンスを

 近年、製造業による新興国への拠点展開が活発化している。オリンパスでも2009年7月、インドに医療機器事業の営業拠点を設立することを決定し、翌8月にプロジェクト推進の社内体制を整備。9月からプロジェクトをスタートして、要件定義を含めて約半年でSaaS型ERP製品「NetSuite」の導入を完了、2010年4月から本番稼働に乗り出している。

 ただ、新興国を中心に拠点展開する企業が増えている半面、日本本社のIT部門が海外でのシステム構築・運用ノウハウを持っているケースはまれであり、多く場合、現地のベンダ、SIerに任せている。そうした例にもれず、オリンパスの場合も「現地拠点におけるシステム展開」が最初の検討課題になったという。

 「インドに新設するのは、医療製品の販売・修理サービスを行う拠点。従って、業務システムとしては購買、販売、物流、在庫管理、財務会計、管理会計機能を持つERPが求められた。ただ、それを稼働させるネットワーク、サーバといったITインフラの整備と、ERPの構築をどう実現するのか――このテーマについて、医療事業部門、現地拠点スタッフ、IT統括本部の3者で検討することから計画をスタートした」

写真 オリンパス コーポレートセンター IT統括本部 本部長の北村正仁氏

 その結果、北村氏らは大きく3つの方針をまとめた。1つは、拠点展開時期が迫っていたことを受けた「スピーディかつ低コストでの導入」。2つ目は「今後も中小規模の海外拠点展開が続くことを見込み、横展開にも耐え得るソリューションを目指すこと」。3つ目は「この機を生かして、海外拠点のITガバナンスとITマネジメント体制を強化すること」――。 

 特に3つ目は以前からの懸念事項だったという。というのも、同社は従来からアジア・オセアニア地域に海外拠点を展開してきたが、現地主導でシステムを構築・運用してきたため、ほとんど本社のIT統括本部が関与しない「“現地任せ”の状態」だった。従って、日本をはじめ、中国、韓国、オーストラリアの拠点もSAPを導入していたものの、「パッケージの種類が同じというだけで、機能連携、データ連携などはなされておらず、バラバラの状態だった」という。

 これを受けて、今回のインド拠点開設を機に“現地任せ”であったやり方を転換し、今後新設する拠点については日本のIT統括本部がコントロール、サポートする体制を築くことで、「グローバルなITガバナンスを強化するきっかけにしようと考えた」という。

 そうした方針のもと、同社はERPの選定に入り、4つの選択肢を立てた。1つはインドではメジャーなPCベースの小規模パッケージ「Tally」、2つ目はシンガポール拠点とその子会社で使用している小規模パッケージ「BANDS」、3つ目はアジア・オセアニア地域に乱立しているSAPを統合し、これをインドの拠点でも使う案、そして4つ目がNetSuiteだった。同社はこれらを短期的な視点、中長期的の視点の両方から比較。すると、それぞれに一長一短あることが分かった。

 「Tallyは現地の法規制、商習慣などに対応していたが、新会社単独のシステムとなってしまう。このため、長期的に見るとIT統括本部からのサポートに困難が伴うことが予想された。つまり中長期的に見ると、ガバナンス面での目標達成に問題があった。BANDSも今後機能を追加することを考えると、キャパシティ面で問題が残った。SAPについては中長期的な観点では有利だが、“スピーディで低コストな導入”が難しかった」

 こうした中、SaaS型のNetSuiteは、短期的には構築期間、コスト面で有利であり、別の海外拠点に横展開することを考えても、日本のIT統括本部主導で導入・サポートできる。現地に運用の専門家を置く必要もなかった。すなわち「短期、中長期、双方の観点で見て、最もバランスが良かったことが導入の最大の決め手になった」。

インドの複雑な税制対応……機能要件の絞り込みが大きなカギに

 そして2009年9月、同社はいよいよプロジェクトを開始する。要件定義については、ギャップ分析、業務要件定義など「国内で行える作業」を「フェーズ1」とし、そのほか最終的な業務要件のギャップ分析など「現地で行う作業」を「フェーズ2」として、2段階に分けて行った。ただ、実際に着手してみると、大きく2つの要因から計画が遅延してしまった。1つは製品提供ベンダであるNetSuiteと行った要件定義書の作成作業。成果物に一定の品質を担保するうえで、予想より時間が掛かってしまった。そしてもう1つは、インド独自の会計文化と複雑な税制だった。

写真 「可能な限り標準機能で対応したことが、導入スピードを速め、コストを低減するポイントとなった」と語る北村氏

 「インドの会計監査は非常に厳格であり、日本での業務設計時に想定していた“会計伝票の紙印刷”などの計画がことごとく却下されてしまった。これをあらためて考え直さなければならなかったうえ、現地の税制が複雑を極めた。州や製品、部品、サービスによって、また州内の取り引き/州をまたぐ取り引きで発生する税率が異なるほか、得意先によっては優遇される場合があったり、州によって追加課税があったりと非常に複雑だった。これにより、当初想定していた税コードは3種類だったが、結局は30種類以上のコードが必要なことが分かった」

 そこで、コストの安さというSaaSのメリットを生かすために、税制対応に必要な要件、外部向け帳票要件など、不可欠な追加機能を洗い出し、それ以外は標準機能で対応。追加開発を最低限に絞り込んで構築フェーズを短縮した。また現地拠点のITインフラも、インターネットを利用できる必要最低限の環境にとどめた。これが奏功し、プロジェクト最終段階の運用テスト・移行フェーズでも必要な追加機能が発生したものの、予定通り2010年4月の本番稼働に間にあわせることができたという。

SaaS型ERP活用のコツは“割り切り”と“自己責任”

 こうした経緯を振り返り、北村氏は「SaaS型ERPのメリットを享受するためには、割り切りと自己責任が大切」とまとめる。

 「NetSuiteはERPとしての基本機能を十分に備えているうえ、導入コストも安く、スキル習得も比較的容易だ。その半面、機能には制約があり、コンサルティング、開発、保守についても一定以上の支援をベンダに期待することはできない。つまりSaaS型ERPの特徴は“制限された機能”と“最小のベンダサポート”にあると言える。その点、通常のパッケージ製品と同じ感覚で導入すると失敗すると思う。SaaSの特性を踏まえて、自主的に活用すれば、低コスト、導入の速さというメリットを享受できる」

 なお、現地拠点に「インターネットが利用できるインフラしか用意しなかった」ことについて、「当初は、もしネットワーク障害が起きたら……という不安もあった」という。だが、国内での要件定義段階にあった際、現地に仮オフィスを用意して、電子メールなどを使って実際に回線状況を確認し、そのうえで「この品質なら問題ないと判断した」。北村氏はこのことから、「先入観に頼らず、実際に現場で、自分自身で確認することも重要」と指摘した。

写真 ガートナージャパン リサーチ部門 エンタープライズ・アプリケーション リサーチ・ディレクターの本好宏次氏

 また、ガートナージャパンの本好氏が、補足情報として「SaaS製品の強制バージョンアップはメリットでもあるが、アドオン開発した場合、バージョンアップが不具合の原因になることもある」と聴講客らに注意を促すと、北村氏は「バージョンアップ前に開発環境が提供されるが、1カ月など短期間であり対応し切れない場合も多い。自動的な機能強化は望ましいことだが、追加機能が不可欠なエンタープライズの場合、最初からバージョンアップにどう対応するかも考えておくべき」と述べ、「機能・保守・運用面での“割り切り”と、追加機能を絞り込んで極力標準機能で対応する」ことの重要性を、別の角度からあらためて示唆した。

 なお、オリンパスでは今後、SaaSについては地域の子会社や小規模な拠点に展開していく予定。「SAPとSaaSを併用することになるが、当面は両者の“いいとこ取り”をしていきたい。両者を目的に応じて使い分けるスタイルも有効と考えている」という。一方、本好氏は、「SaaSは導入が容易なだけに、IT部門が関知しないまま業務部門が導入してしまう“野良SaaS”問題も増えつつある。その点、今回のケースは、ITガバナンス強化に対するSaaSの可能性を示す好事例でもあった」とまとめ、「コスト」「スピード」だけに縛られない、多面的なSaaS活用の検討を促した。

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