“普通なら取れない”予算を確保する秘訣失敗しない戦略実現術、プログラムマネジメント(4)(1/3 ページ)

本連載では、ソフトウェア開発会社における新規事業立ち上げのストーリーを基に、プログラムマネジメント実践のポイントを解説する。前回は、プログラムを「何をやるべきか」というレベルにまで具体化する「プログラム・アーキテクチャー」の定義について説明した。今回は、プログラムに必要な資金をタイムリーに確保するための方法を紹介する。

» 2012年08月01日 12時00分 公開
[清水幸弥, 遠山文規, 林宏典,@IT]

「借金してでも進めるべき」――これをどう説得するか?

前回までのあらすじ】

 A社はCRM専業の中堅ソフトウェアベンダ。従来はライセンス型でソフトウェアを提供してきたが、クラウドコンピューティングの潮流に取り残されないため、今期、社運を賭けてクラウド事業を立ち上げることとした。

 A社で働く速水は、クラウド事業立ち上げの推進リーダーに抜擢された。速水は、入社以来何かと目をかけてくれている先輩、サービス本部長 深沢のアドバイスを受けながら、組織横断による立ち上げチームのブレーンストーミングを行う。そして「3年間でクラウド化を完了するための全体スケジュール」と「各部門で必要な活動」を洗い出すことができたのだった。

 だが、そんなある日、速水は各部門にスケジュールの確認をしようとしたところ、さっそく財務課の松本からある質問を受け、少々面食らうことになる。

 では、速水を戸惑わせることになったのは、はたしてどのような質問だったのだろうか? 今回は以下の3つがストーリーのポイントになる。ぜひこれらに留意しつつ、速水の行動を追ってみてほしい。

今回のポイント

  1. 資金繰りもプログラムマネジャーの仕事
    不確実性に対応しながら必要な予算を獲得するためには「ビジネスケース」の作成が有
  2. ベネフィットが増大するなら予算も増加可能
    プログラムの目的はベネフィットの最大化。追加投資を積極的に考慮すべき
  3. “ゲート”を設けてタイムリーに予算を確保
    KPIに連動させて、投資のリスクを抑えることで、経営サイドが追加予算を承認しやすくなる

 では早速、物語に入ろう。

注:@IT情報マネジメント編集部では「マネージャ」「アーキテクチャ」に統一する表記ルールとしていますが、本記事については「PMI(R)」の標準用語にのっとり「マネジャー」「アーキテクチャー」としています。

松本:「速水さん、この計画では3年間で機能拡張までの開発を予定していますが、ここに掛かる外注費、この短期間ではとてもウチでは用意できませんよ」

速水:「松本君、クラウド事業にうちの社運が懸かっているのは、この間の社長の発表で君も知っているだろう。うちの売上額からすれば、別に出せない額じゃないと思うのだけど」

松本:「クラウドへ移行する場合、これまでのパッケージ販売であれば導入時にまとめて支払われていたライセンス収入が、利用期間でならされることになるため、キャッシュインが後回しになりますよ。3年で移行するとしたら、だいたい1年分ぐらいの現金がすぐには入ってこないことになります。その分、手元資金は苦しくなるんです。人件費とか絶対必要な経費は削れませんし。まあ、5年にならせば出せると思います。もう一度、スケジュール書き直してください」

 速水は、あわてて深沢のもとへ相談に行った。

深沢:「そりゃ、めどの立つ営業利益の中だけから予算を組むなら、松本君じゃなくても誰だってそう答えるさ」

速水:「でも、3年間での完全移行っていうのは社長の決定じゃないんですか? それに合わせて予算配分を仕切るのが財務課の仕事ですよね?」

深沢:「ウチの規模で、財務課だけでそんな根回しができると思うかい? 資金繰りのめどを立てるのも企画の仕事だよ」

 「資金繰り」という言葉を聞いて、速水は絶句した。エンジニア出身の速水からすれば、使える開発費は営業が案件を取ってきた時点で決まっていて、その中から他案件にも使えるような成果物を出していくよう工夫するのが定石であり、「必要な資金を確保する」というのは初めての経験であった。

速水:「『資金繰り』と言われても、どこから手をつけていいのでしょうか……」

深沢:「まずは、借金してでも予定通りに進めることが、財政的な視点から見ても妥当だということを示す必要がある。そのために、『計画通り資金を準備したときに得られる利益』を金額に置き換えてみた方がいいね。例えば、この事業を5年ではなく3年で完了できた場合、得をするのはどこだと思う?」

速水:「まず、既存のライセンス販売が早くなくなる分、営業はクラウドに集中できるようになりますよね。競合との関係で言えば、まあ問題ないタイミングで出せるとも言えますよね。そもそも2年もクラウド版のリリースが遅れたら、中小企業の顧客獲得において大きな痛手になるはずです。あと、開発本部にとっても、毎日集中して新技術に触れることはプラスに働くと思います。技術力の差は新機能の開発効率に大きく影響するはずですから」

深沢:「そうだね。営業部と開発部にとって好都合な点は、追加すべき資金額の目安になるよね。本当に財務課に融通できる資金はないのかい?」

速水:「そう言えば松本君は、『最近、取引銀行の担当者が借入してほしい』と、よく会社に来ると言っていました。ここ数年、ウチの会社は順調に借入金を返済しているし、まだ借入余力があると見ているようです」

深沢:「それなら、『3年で完了させることで得られるプラスの効果』が、借入金の金利負担と比べて問題ない範囲であれば、会社としては問題ないはずだ。もちろん、その裏付けとしての数字は必要だがね」

速水:「はい、やってみます!」

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