日本のプロ野球や米メジャーリーグを中心としたスポーツ界の裏ネタ取材を得意とするライター。WBCや五輪、サッカーW杯など数々の国際大会での取材経験も豊富。
悲願の日本一から10日が経過した。東北楽天ゴールデンイーグルスは2013年11月4日、初の日本シリーズ制覇を達成。かつての弱小チームを球団創設9年目にして12球団の頂点に導いた敏腕指揮官として、闘将・星野仙一監督の手腕があらためて大きな評価を集めている。
11月11日にはプロ野球の発展に貢献した監督、選手らに贈られる「正力松太郎賞」の受賞も同監督に決まった。各メディアや有識者たちの間では今もさまざまな見解や分析が出ているが、闘将自身や選手、そしてフロントおよび現場スタッフたちの声を総合すると、どうやら今年の優勝は星野監督の信条とする「魂の野球」が楽天というチームにジャストフィットしたことが最も大きなプラス要素となったようだ。
「基本的にオレのやり方は、昔とそれほど大きく変わっていないよ」とは星野監督の自己寸評。確かに日本シリーズの第6戦で160球を投げて完投したエース・田中将大を翌日の第7戦でも胴上げ投手としてストッパー起用したのは、昔ながらの「根性」や「温情」に重点を置く采配といっていい。まさに「魂の野球」だ。
いくら田中本人が連投を強く志願したとはいえ、肩は消耗品と考えるようになった現代野球の観点からすれば、この場面で大抵の監督はエースの申し出をかたくなに突っぱねていたであろう。
そして星野監督の真骨頂といえば「怒り」。一部のメディアで「最近の星野さんは怒ることがほとんどなくなって、闘将ではなく好々爺になった」と指摘する人もいるが、それはちょっと違う。感情をムキ出しにし、選手を奮い立たせる。その姿勢は基本的に今も昔も変わっていない。
2012年7月14日の日本ハム戦では嶋基宏捕手のクロスプレーが消極的だったと腹を立て、本拠地・Kスタ宮城の金属扉を足で蹴っ飛ばしてヘコませている。こんな「好々爺」は日本中、いや世界中のどこを見渡してもいない。このとき、星野監督は65歳。2014年1月に67歳を迎えるが、いくつになっても「闘将」は「闘将」のままであるはずに違いない。
「監督は今も『闘将』です。監督が怒ればピリッとしますし、チームのみんなは固まります。でも、不思議と嫌いにはならないんです。監督に怒られたくないから誰もががんばる。そして逆に誉められ、一緒に喜びを分かち合いたい。誰もがそう思ったからこそ、日本一になれたんだと思います。あんな素晴らしい監督さんはいません」とは某主力選手のコメントだ。
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