乗り物全般ライターの宮武和多哉氏が、「鉄道」「路線バス」「フェリー」などさまざまな乗りもののトレンドを解説する。
会社に出勤しようにも、地下鉄はまともに立っていられないほど混み合い、バスやクルマは渋滞で動かない。こんな時、川を渡れる「通勤船」があれば、信号もなくスイスイ移動できるのに……。
東京都内でも、川や運河が多い東京湾沿いの地区に勤めるビジネスパーソンは、そう思ったことがあるかもしれない。鉄道・バスといった通勤の選択肢に「船」を加え、通勤・通学に使える小型船の定期航路を開設する取り組み「TRY!舟旅通勤」が、2023年10月から始まった。
24年3月現在、「TRY!舟旅通勤」の一環として就航しているのは、江東区・豊洲船着場〜中央区・日本橋船着場間(晴海運河・隅田川経由)の1航路のみ。これに24年春から、中央区・晴海フラッグ北側の晴海船着場〜港区・日の出桟橋(朝潮運河・隅田川河口近辺経由)間の航路が加わる予定だ。
この2航路を鉄道・バスで移動した場合、両航路とも地下鉄・都営バスなどの面倒な乗り換えを要する。船なら船着場まで直通、水上をすすむので信号も渋滞もない。こう聞くと、通勤手段としての船という選択肢を「これアリじゃない?」と感じる方もいるのではないか。
「TRY!舟旅通勤」は東京都都市整備局によって何度か実証実験が行われており、22年10〜11月には「14日間で2848人」という、まずまずの結果を残した。
しかし、この記事での結論を先にいうと、筆者は通勤手段として船が加わることに意義はあるが、現状ではまず定着しないだろうと考えている。なぜ、都は「舟旅通勤」の取り組みを続けているのか。現状はどのような問題があるのか、考察していきたい。
豊洲〜日本橋航路の運航委託を受けている「観光汽船興業」(東京都観光汽船の関連会社)は、普段は遊覧船やチャータークルーズ船(貸し切り)を運航している。
乗船して感じた船で通勤するメリットは、やはり快適性。観光用の小型船を通勤用に就航させているだけあり、船内でノートPCやスマホを操作しても疲れない程度に乗り心地が良い。
かつ船は移動経路に信号がなく、ものの20分でスムーズに到着する。これが陸上での豊洲駅〜日本橋駅間の移動だと、地下深い大江戸線のホームまで歩いたり、銀座を横切って銀座駅から銀座一丁目駅の徒歩移動を要したり、車内で揺られながらつり革の争奪戦をしたり……。なかなかの“痛勤”を要する。
また、日本橋船着場(日本橋駅から300メートル圏内)、豊洲船着場(豊洲駅500メートル圏内、ららぽーと豊洲のすぐ横)ともにアクセスが良く、これまで実証実験で運航してきた航路の中では、最も使い勝手が良い航路といえるだろう。
また通勤手段と銘打っているものの、観光資源としての価値は相当なものだ。日本橋では1911年に開通した重要文化財「日本橋」の全景をじっくり眺めることができ、豊洲周辺の海上からはIHI本社、晴海のタワーマンションなど、林立する高層建築の眺めを堪能できる。遊覧船でもこういったクルーズは可能だが、軒並み1000円以上の料金がかかるとあって、1乗船500円の通勤船は観光客であふれている。
船の乗組員に話を聞いたところ、通勤での利用はそこまで多くないものの、鉄道の定期を所持している利用者が「通勤ラッシュも避けられるし、1回くらいなら」とお試しで乗船するケースが多いという。ただし現時点では運航が週3日(火・水・木)、夕方に5往復ということもあり、定期的に利用する人は多くないそうだ。
東京都都市整備局によると、2024年春に開業予定の「晴海〜日の出航路」は、運航時期や時刻などはまだ決まっていないという。運航を委託するのは東京湾クルージング(東京都江戸川区)という所まで決まっているものの、詳細は決まり次第発表するとのことだ。
晴海船着場はマンション街「晴海フラッグ」内のマルチモリティステーション(晴海5丁目ターミナル)の一角にあり、東京BRT・都営バスのバス停と一体化した一大ターミナルが徐々にその姿を見せ始めている。設定される便数しだいだが、晴海フラッグから浜松町・芝・三田あたりに通勤する人なら、なかなか使い勝手が良いかもしれない。
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