東京で「舟通勤」は定着するか? ノー渋滞で快適も、課題は山積み宮武和多哉の「乗りもの」から読み解く(3/3 ページ)

» 2024年04月10日 08時00分 公開
[宮武和多哉ITmedia]
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国内の他事例 108人乗りの船に「平均利用者4人」も……

 東京だけでなく、国内・海外各地での通勤船事情を見てみよう。定着しているものもあれば、事業として見込み違いとなり、撤退してしまう場合も多い。

 大阪市では、淀川の支川・大川を経由して公団住宅街や市街地を結ぶ船(大阪水上バス「アクアライナー」)が運航されていた時期がある。

 この地域は最寄りの鉄道駅から遠い上に、市営バス・34号系統(当時)が平日朝に2〜3分おきで発車するほど通勤ラッシュが激しく、船は通勤の流れを分散する手段として期待されていた。市の参画要請を受けた京阪電鉄グループが全額出資で引き受け、運航を開始したことからも、それなりに期待されていたことが伺える。

 しかし実際には、開業10年後の時点で「108人乗りの船に平均利用者4人」(1993年時点)。先に述べた「ラッシュ時に次々と出航」「迅速に折り返す」ような通勤ラッシュへの対応をとれず、おおよそ使えない時刻設定・運航本数であったことが敗因だろう。

 また、冬場の船待ちの極端な寒さや、水辺にある発着場と住宅街の徒歩ルート(河川敷なので街灯もまばら)など、基本的な課題が全く解消されていなかったようだ。

 ただ、運営元の「大阪水上バス」は遊覧船事業が後に採算に乗り、京阪電鉄グループの運輸事業の柱に成長している。東京でも「観光汽船興業」「東京湾クルージング」が遊覧船でしっかり収益を上げるための手助けがあれば、都が推進する通勤船にもう少し協力してくれるかもしれない。

船 大阪水上バスの遊覧船

 国内ではほかに、広島県尾道市向島(尾道渡船・福本渡船など)や、北九州市(若戸渡船)で、船が通勤・通学に使われている。既存の橋はあるものの地上との高低差があり、どちらの航路も自転車での利用が多いという。

 ただ両地域とも、片道100円内という破格の運賃に据え置いた上で、補助や赤字ありきで運航を続けている。東京で同様に通勤船を展開する場合、メリットがある臨海部以外の「赤字・不採算への理解」が必要となるだろう。

船 北九州市の「若戸渡船」。洞海湾を横切る

海外の事例から探る

 海外の都市部では、ヴェネツィア(イタリア)、バンコク(タイ)などで、船が日常の移動を担っている。中でも先に述べたバンコクでは、センセープ運河・パーシーチャルン運河などの定期船が、渋滞を避ける移動手段として定着。タイ政府からの支援も手厚く、今後は27年までに13億2000万バーツ(約50億円)を投じて、設備の近代化や鉄道駅との接続強化、航路の新設を行う方針だという。

 今後は、24年10月に就航するソウル市(韓国)の定期船「漢江(はんがん)リバーバス」に注目したい。1970年代に建設したマンション街の再開発が進む汝矣島(ヨイド)から、1988年に開催された「ソウル五輪」のメイン会場がある蚕室(チャムシル)までを30分で結び、「ラッシュ時15分に1本」「料金3000ウォン(約330円)」「自転車積み込み可能」と、生活移動の手段としてかなり使える仕様になっている。

 余談だが、最近では韓流ボーイズグループ・2PMのJun.kさんがTV番組で「漢江の渋滞はひどい!」「ただ車の中で座っているだけなのに」と嘆くひと幕も。川幅が1キロ近くある漢江をまたぐ聖水大橋・盤浦大橋の一帯での渋滞は昔から慢性化しているようで、リバーバスは川を使った「ヨコ移動」の手段としても期待できる。

 ただ、開業前の試算では「開業後6年間で約80億ウォン(日本円で9億円程度)の赤字」「初年度の乗船率は20%」と、かなりの不採算を覚悟で就航させるようだ。

船 漢江リバーバス(ソウル市公式Facebookより)

 東京の「TRY!舟旅通勤」は、こういった国内外の定期船ほどの覚悟がある施策とは思えないが、移動中の空気はおいしく、たまに乗船する分には快適であることには間違いない。

 運航経費補助の期間は3年間。どこまで利用者を増やせるのか、どこまで「船通勤」に有益性を見いだせるかが注目される。

宮武和多哉

バス・鉄道・クルマ・駅そば・高速道路・都市計画・MaaSなど、「動いて乗れるモノ、ヒトが動く場所」を多岐にわたって追うライター。幅広く各種記事を執筆中。政令指定都市20市・中核市62市の“朝渋滞・ラッシュアワー”体験など、現地に足を運んで体験してから書く。3世代・8人家族で、高齢化とともに生じる交通問題・介護に現在進行形で対処中。

また「駅弁・郷土料理の再現料理人」として指原莉乃さん・高島政宏さんなどと共演したことも。著書「全国“オンリーワン”路線バスの旅」(既刊2巻・イカロス出版)など。23年夏には新しい著書を出版予定。

 noteでは過去の執筆記事をまとめている。


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