乗り物全般ライターの宮武和多哉氏が、「鉄道」「路線バス」「フェリー」などさまざまな乗りもののトレンドを解説する。
災害で致命的なダメージを受けた鉄道、奇跡の復活!──そう聞くと、地域の通学や生活移動に必要な鉄道の復旧に手を尽くすような、美談めいたストーリーが思い浮かぶ。
しかし実際には、「その鉄道は必要なのか?」「本当に生活交通の役割を果たしているのか?」という議論が高確率で起こる。こういった試練を乗り越え、利用の実績は少ないながらも、奇跡の復活を果たすローカル鉄道が相次いでいる。
2011年7月の新潟・福島豪雨で被災した福島県・新潟県を走る「JR只見線」(会津若松駅〜小出駅間・135.2キロ)は、約85億円の復旧費用をかけて2022年10月に全線で運行を再開。2023年7月には熊本県の「南阿蘇鉄道」(立野駅〜高森駅間・17.7キロ。熊本地震で被災)が、約65億円をかけて被災した区間を復旧し、全線での運行再開に漕ぎつけた。
また、2020年7月の九州豪雨で被災したJR肥薩線のうち八代駅〜人吉駅間(51.8キロ)も、2024年4月に復旧に向けた合意書が交わされたばかりだ。3路線とも利用状況は1日500人に満たず、少ない区間では数十名と、鉄道の輸送量は足りていない。
一方で、北海道・JR根室本線の一部区間(富良野駅〜新得駅間・81.7キロ)のように、2016年の台風被害から手つかずのまま、約10億円の復旧費用を支払わず、そのまま廃止を選択するようなケースもある。同じ北海道では、2015年の災害で路線の5分の4が運休となったまま、6年後に運休区間がそのまま廃止された日高本線の例もある。
肥薩線は全線で450カ所が被害を受け、2本の長大な鉄橋や主要駅があった街などが全て流され、一部区間ではレールもはがされて道路化している。それでも国は約235億円の費用の一部補助を行い、運行再開への手助けを行った。
利用が少なくても、救いの手が差し伸べられて助かる鉄道。一方で、被災したまま力尽きる鉄道。ローカル線復旧・存続は、どこで道が分かれるのか。
公共事業への妥当性が必要以上に問われる今、鉄道復旧における最低条件は「復旧費用の地元負担」「再開業後の資金負担・運行支援」だ。
先に述べた只見線のケースを見てみよう。2011年7月の豪雨災害によって3本の鉄橋が流出。2年後に一部区間が運行を再開したものの、被害が集中する会津川口駅〜只見駅間は復旧に約90億円、工事に4年間がかかるとの見通しが出された。この時点でJR東日本は、代行バスの乗車人数が1便当たり平均4人以下であることを踏まえ、「復旧しても鉄道の特性(多量輸送、速達)を出せる状況ではない。バスでも問題ない」と沿線市町村に伝えている。
しかし、車窓に絶景が多い只見線は観光ツアーの定番ルートでもあり、景色を眺めに海外から来訪する乗客も多かった。なかには当時の終点・会津川口駅を降りてぞろぞろと雪山に歩いていく外国人観光客もいたという。地元自治体も廃止容認に傾いていたが、宿泊客の激減などもあり、只見線そのものを観光資源と捉え、いつしか復旧を求めるようになった。
只見線の代行バスは1日6往復と鉄道の倍の本数があったものの、福島県と沿線17市町村は、この利便性より鉄道復旧を選択。復旧を渋るJR東日本に、以下のような条件を出した。
(1)復旧費用のうち、「県・沿線17市町村」「国」「JR」が3分の1ずつ負担
(2)全線の線路やホーム・信号機などを県が負担する「上下分離方式」の導入
(3)年間約3億円の運行経費を、県と17市町村で分割して負担
(4)年間5億〜6億円の予算をかけて「只見線利活用プロジェクト」で、幅広い誘客策を実施
只見線を運行してきたJR東日本からすれば、(2)の「上下分離方式」、(3)の運行経費負担で、設備の管理費用や固定資産税の支払い(年間2億〜3億円)などから解放され、赤字は最小限で済む。
復旧費用の3分の1を負担する必要があるが、もともとは「JR4分の3、自治体4分の1」として提案されたもの。福島県とJRの関係の維持を考えれば、何とか許容できる範囲だったのだろう。かつ、(4)の利用促進プランは他地域と桁違い(せいぜい数百万〜数千万円)の予算とマンパワーをかけたもので、再開業後もしっかり誘客を行う覚悟を示したといえる。
JR東日本は、復旧費用の大きさだけでなく、今後の持続性に懸念を示していた。これに対して福島県と沿線市町村は徹底した費用負担・軽減策と収入増加の対策を示し、廃止の意向を翻意させ、復旧費用の補助を国から仰ぐことにも成功した。
肥薩線の復旧では、熊本県はさらに踏み込んだ。まずは復旧費用の235億円を、河川工事・道路工事・治山工事などと連携することで、76億円まで圧縮。この額を「国」「自治体」「JR九州」で3分の1ずつ(約25.3億円)負担するプランを策定したのち、財政が厳しい沿線12市町村分を県が全額負担することも表明。「7割を別事業で国が負担、2割を県が負担、残り1割はJR九州担」という復旧費用の負担案をJR九州に提案し、了承を得た。
かつ、上下分離案に必要な年間の維持費についても、年間1.2億円といわれていた12市町村の負担を5000万円まで圧縮し、決して一枚岩ではなかった市町村の意見をまとめ上げた。なお、熊本県はほかにも「JR豊肥本線」「南阿蘇鉄道」「くま川鉄道」などでも率先して復旧への道筋をつけている。
JR九州は古宮洋二社長自ら「税金を投入して復旧しても、利用者が減れば意味がない」「イベントのような一時的な促進策ではなく、日常的に利用する乗客を増やす方策が不可欠」と、肥薩線の復旧に当初から難色を示していた。最終的に熊本県の費用負担案に押し切られて復旧を決断したが、それでも「日常利用の増加」などの注文を熊本県に伝えている。
福島県(只見線)、肥薩線(熊本県)の事例から見る鉄道復旧の条件、それは「地元自治体の覚悟と、それに応じた資金負担」といえるだろう。必要な投資と判断したものに投資を行うという、ある意味当然の流れだ。
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