ただ、通勤船には、数多くの課題が山積している。「TRY!舟旅通勤」事業を管轄する東京都都市整備局に現状のヒアリングをしつつ、課題を分析していこう。
まず大きな課題は、交通機関としてのそもそもの競争力だ。通勤船の運賃(500円)は、遊覧船としての運賃から比べるとはるかに安いが、バス・鉄道の初乗り運賃(都バス・23区内210円、地下鉄180円)よりはるかに高い。
生活移動を担う小型船が就航するフランス・リヨンやタイ・バンコクなどでは、日本円にして200〜300円台ほどで乗船できるが、物価・人件費も高い東京では、そこまで運賃を安くできないだろう。
またバスと違って、水上での折り返しや発車に時間がかかる船では、バスのように「2〜3分に1本」といったラッシュ時の輸送ができない。今回の運航で使用する20トン以下の小型船では定員もバスよりかなり少なく、多くのビジネスパーソンに必要とされる、経営が成り立つ交通機関になれそうにない……というのが現状だ。
「TRY!舟旅通勤」も、1日5万〜10万円(事業費の2分の1以内の範囲)という補助制度により、経営が成り立っている。
また、船体が遊覧船仕様であるため、各地の小型船航路で強みとなっている「自転車積載の取り扱い」に関しては、現状でかなり曖昧(あいまい)な運用に。今後のユーザー獲得への課題だろう。
豊洲〜日本橋間で就航する小型船は「URBAN LAUNCH」「リムジンボート」の2種類あり、自転車の搭載や車椅子への対応が可能なのは「URBAN LAUNCH」のみ。自転車で乗船する際は公式Webサイトなどで予約する必要がある。東京都都市整備局によると、当日の川の水位次第で船舶が変更になる場合があるが、積載できなくなった際は「メール連絡などで丁重に対応する」とのことだった。実際に乗船できるかは確実でない、ということになる。
国内の小型船・渡し舟航路は自転車の積載を強みとしているケースが多い。特に大阪市営渡船では自転車の持ち込みが9割にも達するという(乗船は無料)。
自転車積載の扱いが不明瞭で、「マウンテンバイクでオフィス街の船着き場に降りて、そこから自転車通勤」といった使い方が確実にできないようでは、船で通勤するメリットが薄れてしまう。
それでも災害時の移動手段として、通勤船の航路を開設する意義はある。防災船着場を活用した遊覧船・通勤船の誘致が、災害時の避難経路の確保につながるのだ。
都は災害時に水路を生かすべく、遊覧船や屋形船で避難者を運ぶ訓練を何度か行っている。遊覧船・通勤船の定期航路は、有事に船を動かせる人々の雇用維持かつ、船を出すための訓練といった側面を持つ。船会社は遊覧船で多少の利益も出せて、都にとっては、少額ながら着岸手数料が取れる。
普通に暮らす人でも、一度でも通勤船に乗ったことがあれば「ちょっと前に船乗ったぞ! 船着場……あそこだ!」と、スムーズに避難行動に移れるだろう。いまや埋立地の端までタワマン・高層建築が立ち並ぶ東京の街で、移動手段の選択肢として、最低限の通勤船航路があってもいい。
ただ現状では定着にはほど遠く、積極的なPRも皆無。「お試し乗船」「自転車をセットにした乗船体験の訴求」など、もう少し積極的に乗船率を上げたいところだ。
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