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「青少年ネット規制法」成立はほぼ確実 その背景と問題点津田大介(3/3 ページ)

» 2008年04月09日 16時46分 公開
[津田大介,ITmedia]
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 モバゲータウンは24時間365日体制・350人という監視人員を用いてルール違反の書き込みの抽出と削除を行っている。しかし、それでも漏れてしまう「有害」情報はあるだろうし、これに加えて自民党案・民主党案が定義するユーザー同士の「コミュニケーション」、つまり(5)まで含めた場合、モバゲータウンは18歳以上限定のサイトに移行するか、自らを「有害サイトです」とラベリングする情報を、フィルタリング業者に提供するほかなくなる。後者の場合、18歳以下のユーザーがモバゲータウンを使って健全なコミュニケーションを行っていたにも関わらず、ある日突然サイトごと見られなくなってしまう事態が生じるわけだ。

 この法案が施行されれば、こうしたサイト運営者の義務を逆手にとった背信的悪意者も登場しかねない。例えば、ある18歳以下も対象にしたコミュニケーションサービスのライバル企業や、掲示板やコメント機能を設けているブログなどのサイト管理者に意図的に有害情報を書き込み、ブラックリストに掲載させるといったケースも生じるだろう。

有害情報ホットラインは現状でもパンク状態

 自民党案は1度ブラックリストに掲載されたあと、健全なサービスですということを証明し、ホワイトリストに復帰する手続きなどは民・民の調整期間で行うよう規定している。この民・民の調整期間はインターネット・ホットラインセンターが想定されているが、同センターに寄せられる通報は昨年1年間で計8万4964件。年々通報件数が激増しており、現在でもパンク状態になっている。

 重要なのは、現在のインターネット・ホットラインセンターが受け付けている違法情報は「わいせつ情報(わいせつ物公然陳列、児童ポルノ公然陳列、売春防止法違反の広告、出会い系サイト規制法違反の誘引行為)」「薬物関連情報(規制薬物の濫用を、公然、あおり、またはそそのかす行為、規制薬物の広告)」「振り込め詐欺等関連情報(口座売買などの勧誘・誘引など、携帯電話の匿名貸与業などの誘引など)」の3種類に限定――つまり、有害情報定義の(5)で想定されるような名誉き損、誹謗中傷行為などは現状取り扱い対象外になっている――ということだ。

 現状でもパンク状態なのに、今回の法案が施行されてインターネット・ホットラインセンターが、自民党・民主党が定義する「有害情報」の可否を巡る仲裁を行うようになれば、取り扱い件数はこれまで以上に膨大になる。インターネット・ホットラインセンターが正常に機能することは困難になるだろう。

 自民党案では、内閣府に置かれた特別行政委員会が指定する調整期間で紛争処理業務を行うよう規定しているが(これが事実上警察庁傘下にあるインターネット・ホットラインセンターの拡大と、天下りを助長させるという批判もある)、先日設立された、“健全”な携帯電話向けサイトを認定する民間機関「モバイルコンテンツ審査・運用監視機構」(EMA)のように、民間の業者は既に自主規制という形で有害サイトをフィルタリングするための取り組みを始めている。行政主導でコスト高となる民・民の紛争処理機関を作るくらいなら、民間業者の取り組みに任せた方が実効性も高く、コスト的にも安く付くフィルタリング規制が行えるのではないか。

一律フィルタリングより実効性のある対策を

 現状、ネット上の有害情報をめぐる削除が進まない大きな要因としては、現行のプロバイダー責任制限法の及ぶ範囲が狭いことがボトルネックになり、削除手続きがなかなか進まないということも挙げられる。さまざまな弊害が懸念される広範なネット規制を行うより、プロバイダー責任制限法を強化し、違法情報を速やかに削除できる体制を整える方が実効性も高く、大きな弊害も生じないだろう。

 先日フジテレビ系で放映された「報道2001」に高市議員が出演したとき、ゲストの高校生が高市議員に対して「ネット規制よりも教育が大切。自分自身がネットを使うときのモラルやリスクを学校で学んだのは高校1年生の『情報』の授業だった。中学生からネットを使っていた自分はそれだと遅すぎると思う」と発言した。

 こうしたネット規制は、パターナリズム的に対処しても(高市議員本人が認めているように)限界が見えている。規制を行う際には、早い段階からネットリテラシーを高める教育もセットで行わなければならない。同番組で高市議員は「もちろん、親や学校における教育も大事だ」と答えたものの、教育に関する具体的なプランなどは語られなかった。このあたりも今後十分に議論されなければならない。

 社会的事象としてネットやケータイサイトを通じた少年犯罪や、犯罪に巻き込まれるケースが増えていることは事実だ。こうした現実に対して何らかの制度的対応を行う必要があることは疑いがない。

 しかし、法的に有害情報を一律フィルタリングする前にできることは多数存在する。昨年末、携帯キャリアにフィルタリングを要望した総務省も、基本的には法制によるフィルタリングの義務化ではなく、民間の自主的な取り組みを前提に考えている。

 議員立法という拙速な形で法案を強引に通す前に議論すべきことは山積みであるし、今後のインターネットの「あるべき姿」を考える上で、われわれ「大人」のインターネットユーザーと、規制される側の青少年のユーザーが一体となって、今のネットの実態に即した議論を慎重に行っていかなければならない。残された時間はあまりにも少ないが……。

津田大介

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 IT・音楽ジャーナリスト。1973年東京都生まれ。早稲田大学社会科学部卒。

 コンテンツビジネス周辺やコンテンツの著作権、ネットサービスを中心とするネットカルチャーをフィールドに新聞、雑誌など多数の媒体に原稿を執筆。2002年よりコンテンツ配信関連の情報を扱うブログ「音楽配信メモ」を運営。

 2006年より文部科学省文化審議会著作権分科会私的録音録画小委員会専門委員。2007年より文部科学省文化審議会著作権分科会過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会専門委員、私的録音録画小委員会専門委員。

 主な著書に『だれが「音楽」を殺すのか?』(翔泳社)、『仕事で差がつくすごいグーグル術』(青春出版社)、共著に『CONTENT'S FUTURE』(翔泳社)など。


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