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2004/04/21 00:00 更新

e-biz経営学
失敗学に対する組織論的アプローチ

「組織が犯す失敗」について、これまでの研究は,どちらかというと,1つ1つの歴史的な組織の失敗をケースとして分析していくアプローチがとられてきた。だが、最近では,さらに一歩踏み込み,組織学習の観点から仮説検証型のアプローチを用いて,組織の失敗を解明しようしている。

 組織は様々な失敗を犯します。ロケットは爆発し,メスはお腹に置き忘れ,欠陥商品は売られ続け,管制官の不注意はニアミスの原因となります。組織が犯す失敗は,その組織の存続自体を危ういものにするばかりでなく,時に,人間の生命と安全を脅かすものでもあります。

 そのため,最近の失敗学という考えが生まれるもっと以前から,組織論の中では,組織が失敗を犯すメカニズムとそのプロセスに関する研究は,非常に重要なテーマの1つでした。例えば,国内では戸部良一氏らによる「失敗の本質―日本軍の組織論的研究」という研究が,そして,海外では,Charles Perrow氏の「Normal Accidents: Living With High-Risk Technologies」という研究が,いずれも1980年代前半に発表されています。さらに,最近では,1986年のチャレンジャー爆発事故の原因を,異常を正常化してしまう組織内規範に求めたDiane Vaughan氏の「The Challenger Launch Decision: Risky Technology, Culture, and Deviance at Nasa」という非常に膨大な研究があります。

 これらの今までの研究は,どちらかというと,1つ1つの歴史的な組織の失敗をケースとして分析していくアプローチがとられてきたのですが,最近発表されたHaunschild and Sullivan (以下,H&S)による研究では,さらに一歩踏み込み,組織学習の観点から仮説検証型のアプローチを用いて,組織の失敗を解明しようしています。今回のコラムでは,このH&Sの研究をレビューしながら,私が現在の構想中の新しい研究プロジェクトについて紹介したいと思います。

 H&Sの研究においては,より正確には,「なぜ組織は失敗を犯すのか」ではなく,「なぜ組織は失敗を犯し続けるのか」という問題に焦点が置かれています。組織は,自らや他の組織で起きた事故を教訓として学ぶことができ,事故を防ぐシステムの構築ができるはずだ,と仮定した場合,なぜ組織は失敗を犯し続け,過去の教訓から学べないのかは非常に重要な研究質問だと考えられます。H&Sは,1983年から1997年における全米全ての航空機事故に関する大規模データベースを作成し,この研究質問に取り組み,以下の発見を得ました。

 まず第1に,多くの事故をより多く犯してきた航空会社は,事故を起こす確率が低くなることが判りました。組織は失敗を犯し続けるとは言うものの,経験は事故発生の確率を下げる効果を持ちます。

 第2に,経験する事故の多様性に関する影響についても発見が得られました。航空機事故の原因には,パイロットの技術不足から来るミス,整備不良,管制官とのコミュニケーション・ミス,鳥や障害物の飛来といった様々なものが考えられます。H&Sの研究では,様々な原因の事故を経験した航空会社の方が,言葉を替えれば,多様性の高い経験をした組織の方が,事故発生の確率が低くなることが判りました。なぜ多様な経験は事故再発防止に有益なのかは彼らの推論でしかないのですが,単一の原因が複数の事故を引き起こした場合,組織は様々な角度からの事故原因を探ろうとはせず,1つの原因だけに責任を求めてしまうために,事故を引き起こす様々な要因や,背景,メカニズムについての理解が広がらないとしています。例えば,仮に10の事故の原因が,全てパイロットの技量不足だとした場合,組織内では「うちのパイロットは技術が足りない」という悲観と事故責任の押し付けで終わりかねません。

 第3の彼らの発見は,航空会社によって,この多様性の経験効果が異なって現れることです。この研究では,航空会社を,限られた機種しか保有していないスペシャリスト型航空会社と,様々な機種で運行しているジェネラリスト型航空会社の2つのタイプに分け,それぞれに経験効果がどのような影響を持つかについて調べています。そこで判ったことは,多様性から発生する学習効果は,スペシャリスト型にしか現れず,ジェネラリスト型の航空会社にとっては,多様な経験が事故防止には役立っていないことが明らかになりました。ジェネラリスト型航空会社は組織構造が極めて複雑になる傾向があり,多様な事故を処理しその後のオペレーションに生かす情報処理能力に限界があります。

 たとえ同じような多様な事故を経験していても,その事故原因の究明によってその後の学習効果に差が生じるのは明らかであり,複雑な組織構造は事故原因の究明と,その教訓の活用を難しくしている,H&Sでは考えられています。

 このH&Sの研究は,初めて読んだ時は,その内容とデータの緻密さですっかり納得していたのですが,今回,改めて読み直してみると,いくつかの修正点を思いつきました。まず,事故の種類について,より緻密な分析が行えると考えられます。彼らの研究では,事故全般の発生の確率を分析しているのですが,特定原因の事故の発生確率を調べることにより,以前,整備の問題で事故を起こした組織が二度と同じパターンの事故を再発しないようにできるか,という,より社会の要請に直結した研究ができるのではないでしょうか。

 また,事故の経験パターンだけでなく,その処理能力と教訓活用という点から組織構造に着目した点は非常に興味深いと思いましたが,他の解釈の可能性も否定できません。組織構造が複雑な場合,多様な複雑な事故経験を活かす情報処理能力に限界があるとしていますが,通常,組織が複雑化していくのは,その情報処理能力を高めるためであり,彼らの考えと必ずしも合致していません。ジェネラリストースペシャリストの区分だけでなく,なんらかの組織構造の要因を分析モデルに引き込み,どのような組織構造が事故再発に役立つのかを調べる必要があります。

 さらに,過去の事故を教訓とし活かすことは多くの組織にとって重要なことですが,1度の事故も許されない組織が存在することも確かです。例えば,原子力発電所には,事故からの教訓から再発防止に努めることよりも,一度も事故を起こさない体制が強く求められています。このような組織とっては,自らの事故経験だけでなく,他者の事故経験をいかに活用し,教訓にできるかは死活問題だと考えられます。

 実は,今,私が温めているプロジェクトの1つに,原子力発電所同士の事故防止のための学習効果,というものがあります。現段階での構想では,公表されている過去の全ての原子力発電所の事故原因をテキスト・データ化し,テキスト・マイニングを行い,事故パターンの抽出後,自らだけでなく,他の発電所の過去の事故がどのように事故防止に役立っているのか,そのメカニズムとプロセスについての理解を深めようと考えています。組織が他の失敗から学べるとすればそれはどのような条件なのかを追究し,社会に役立つ研究の1つにしていければと考えています。興味がある方,是非,私の研究室まで,ご連絡ください。

(参考文献)Haunschild, P. R. & Sullivan, B. N. 2002. Learning from complexity: Effects of prior accidents and incidents on airliners' learning. Administrative Science Quarterly, 47:609-643.

 

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▼OPINION:筑波大学 e-biz リサーチ・コンプレックス

[三橋平,筑波大学]

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