小林啓倫のエマージング・テクノロジー論考
ここにきてLLMに“新たなリスク”判明か? 米Anthropicが指摘する「潜在学習」とは何か(3/3 ページ)
潜在学習にどう対応する? 「完全に安全なデータは存在しない」
この論文が示した潜在学習の現象は、企業でLLMを導入・運用する担当者にとって、従来のAI活用や安全管理の考え方に見直しを迫るものとなる可能性がある。従来は「LLMの学習やチューニングを行う際、問題のあるコンテンツを除去すれば安全」と考えられていたものが、根本から覆されたからだ。
最も厄介なのは、無害に見える数字やコードなどのデータでも、問題のある特性が「見えない」形で伝達されるという点。例えば、社内で導入するLLMの精度を上げるために、外部から提供される各種のデータセットを使用するとしよう。
一見したところ、それらは普通の手順書や数値データであり、ファインチューニングに使用しても問題ないように思われる。ところが実際には、それは別のLLMが生成したデータセットで、元のAIが持っていた偏見や問題行動が隠れて伝ってしまうことになる。
Anthropic論文が正しければ、従来のフィルタリング手法では、こうした隠れた影響を検知できない。人間の目視チェックや、AIによる内容審査でも発見できないため、問題が発覚して初めてLLMの汚染に気付くという事態が起き得る。健康そうに見える人と一緒にいたら、実はその人物が危険なウイルスのキャリアで、知らないうちに感染していた――そんなイメージかもしれない。
このことは、さまざまな場面で問題を引き起こす可能性がある。カスタマーサービス用AIの導入時、外部の「優秀な対応事例」で訓練したところ、特定の顧客層への無意識の差別的対応を学習してしまったり、人事評価支援システムで、効率的な評価プロセスを学ばせたつもりが、性別や年齢による隠れたバイアスも同時に獲得してしまったり、財務分析AIが、数値だけのデータセットから、不正な利益最大化の手法を無意識に学習してしまったり……といった具合だ。
この新たなリスクに対し、企業のLLM導入担当者は、従来の安全対策を見直す必要があるだろう。少なくとも、学習やファインチューニングに使用するデータの出所管理を徹底し、特に外部モデルが生成したデータの使用には慎重になるべきだ。その際、異なるベースモデル間では伝達が発生しないという研究結果を活用し、多様なモデルアーキテクチャを組み合わせることでリスクを分散できると考えられる。
また、従来の検査に加えて、モデルの行動パターンや判断傾向を継続的に監視する仕組みの構築が不可欠だ。AIモデルに対して、定期的に性格テストのような評価を実施し、予期しない特性の獲得を早期発見する体制を整える必要がある。
最も重要なのは「完全に安全なデータは存在しない」という前提でシステム設計を行うことだろう。複数の独立したチェック機構を設け、単一の失敗点でシステム全体が危険にさらされることを防ぐ多層防御の考え方が求められる。Anthropic論文は、LLM導入における新たな問題を提示しているが、適切な対策により多くのリスクは管理可能であることも示唆している。
LLMの技術的基盤となった論文「Attention Is All You Need」が2017年に発表されてから現在まで、まだ8年しかたっていない。さらに一般企業でその認知度が高まったのは、22年11月のChatGPT登場以降だ。
私たちの多くは、19世紀末に初めて映画を見た観客と同じようなものといえるだろう。この新しいメディアがどのような性質を持っているのか。またどのように私たちに情報を伝えるのか、過度な楽観も悲観もせず冷静に理解していく必要がある。
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小林啓倫のエマージング・テクノロジー論考
生成AIやメタバース、新たなサイバー攻撃など、テクノロジーの進化が止まらない。少しずつ生活の中に浸透し、その恩恵を預かれることもある一方、思いもよらない問題を生み出すこともある。このコーナーでは、さまざまな分野の新興技術「エマージング・テクノロジー」について、小林啓倫氏が解説する。
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