連載
» 2006年06月30日 00時00分 公開

ストレスと上手に付き合うための心の健康:第4回 心の中の2匹の犬

人の心の中に、争う2匹の犬が潜んでいることがある。どうすれば2匹の対立を解消し、心に平穏を取り戻せるのか

[ピースマインド 田中貴世,ITmedia]

ビジネスパーソンが常に向き合わなくてはいけない“ストレス”。ピースマインドのカウンセラーが、毎回関連した話題を分かりやすくお届けする。危険信号を見逃さず、常に心の健康を維持していこう。


心の中の争い

 「上司たるもの、仕事をよく理解し、部下の状況を分かって指示を出すべきだ。そんな上司ばかりだったら仕事がしやすいし、苦労をしなくてもよいのに」。相談すれば的確な助言をもらうことができる、そんな上司だったら、仕事もはかどりますね。

 「部下たるもの、上司の指示には異論を唱えず、要望のつぼを理解し、要求以上に働いてくれるべきだ。もしそうなら、自分の管理職としての評価も高まるはずなのに」。現実は思いどおりにはいかないものですね。

 上司と部下との関係には、どちらが主導権を握るかの心理戦のようなものも見え隠れします。そんな争いが自分自身の中にもあることに気付いたことはありますか。

トップドッグとアンダードッグ

 有能なエンジニアのCさん(40代・男性)は仕事で多くの業績を挙げ、高い評価を受けていましたが、2年前職場環境のストレスからうつ病と診断され、休職した経験があります。それ以来、自分がエリートコースから外れていると感じていました。

 「自分はこんなふうじゃないはずだ。もっと会社に貢献できるスタッフであるべきだ。それでなければ給料をもらう資格がないではないか。働かないと首になってしまうぞ」そう思いながらも、実際は思うように働けずにいました。Cさんの中には、もう1つの声が隠されていたのです。

 ゲシュタルトセラピーの考え方では、葛藤(かっとう)の代表的パターンとして「トップドッグ」と「アンダードッグ」の対立を挙げています。

 自分自身を一定の枠の中で行動させようとして司令塔的なメッセージを発する部分をトップドッグ、その司令塔に反抗し、足を引っ張る部分をアンダードッグと呼んでいます。「こうするべきだ」「こうしてはならない」と自分を縛るのがトップドッグ、「でもそんなのは面倒くさい」「嫌だ」と駄々をこねるのがアンダードッグです。

 トップドッグのいい分は道義的に正しく、権威的で、破滅をちらつかせて脅迫します。「こうしなければ首になるぞ。上司から認められないぞ。愛されないぞ」

 それに対してアンダードッグは、防衛的で弁解的。いい訳も上手です。「でも明日やるからいいでしょう?」「初めから無理な設定だったんだよ」「良かれと思ってやったことだから」

 トップドッグとアンダードッグがいいたいことをいい合って主導権争いをしていると、自分の中で葛藤が起きます。どちらの声に従って行動したらよいか判断できなくなってしまうのです。

 トップドッグの声は、自分の気持ちとして統合された言葉ではありません。トップドッグの言葉は、ほとんどが外部からうのみにした「べき論」に基づいているのです。うのみにした「べき論」は、もともとの自分が何を感じているか、どんな思いでいるかを聞く耳を持っていません。コミュニケーションを取らずに「〜すべき」「〜してはならない」という指令を出すのですから、自分の気持ちとズレが出てきます。ズレを感じれば、指令に対する不満や反抗がわいてくるのも無理はありません。それがアンダードッグの声なのです。

 トップドッグにとって、アンダードッグの声は自分に反抗しているように聞こえるでしょう。従ってその声を無視するか、押しつぶすかしようとします。その両者の対立が心のエネルギーを消耗させることになります。

 ゲシュタルトセラピーでは、トップドッグとアンダードッグは、お互いの声を聞き合うことで和解できると考えます。これをセンタリングといっています。お互いが歩み寄り、中央で握手するイメージです。

2匹の犬の対話

 Cさんの中のトップドッグとアンダードッグとの対話を聞いてみましょう。

トップドッグ(以下T) おまえはこれまでのように、上司の期待に応えて会社のために貢献すべきなのだ。できるはずだろう。給料分働けよ。

アンダードッグ(以下U) もう嫌なんだ。どうせ出世コースからは外れたのだから、そんなに頑張ることはない。上司だっていう割には、自分は仕事を引き受けようとしてないじゃないか。面倒な仕事ばかりおれに押し付けて。おれには自分のやりたい仕事があるんだ。

ファシリテーター 「おれは頑張りたくない。おれにはやりたい仕事がある」といってみてください。

U おれは頑張りたくない。おれにはやりたい仕事がある。……いや、頑張りたくないわけじゃない。やりたい仕事なら頑張ることができるよ。

T 仕事なんだから、やりたい仕事ばかりできるわけではないことぐらい分かるだろう。

U 分かってるよ。でもモチベーションが違うだろう。以前、良い結果をもたらすことができたのも、やりがいを感じられる目標があったからなんだ。いまはそれがないから、やる気がわかない。

T 確かに最近の仕事は目標があいまいだ。上司の指示も日によって違うし、どちらの方向にかじ取りしてるのか疑問に思うことがあるよ。

ファシリテーター 「おれは明確な目標と指示が欲しい」といってみてください。

T おれは明確な目標と指示が欲しい。

ファシリテーター 「いま、ここで」の気持ちにしっくりきますか?

T ええ。自分の気持ちとズレていません。

ファシリテーター そのことをUに伝えてみましょう。

T おれは日ごろ、仕事に関して明確な目標と指示が欲しいと思っている。

U おれも同感だ。

 これはゲシュタルトセラピーのエンプティチェア(空のいす)技法です。2つのいすを置いて、1人が座るいすを変えながら、自分の中のトップドッグとアンダードッグが対話する体験をするというものです。ファシリテーターは「促す人」として同席します。

 C さんの中のトップドッグとアンダードッグは、互いの共通項を見つけ出し、センタリングをすることができました。それによって、葛藤に割いていたエネルギーを「上司に自分の気持ちを伝える」ことに使う方法を考え、ファシリテーターの支援を受けて行動に移すことを選んでいきました。

センタリングで歩み寄りを

 センタリングには重要なポイントが2つあります。

1.自分が感じていることや、自分の思いを話すとき、主語を3人称「それは」ではなく1人称「私は」にして表現すること。トップドッグのメッセージの内容が(いまの私にとってどうなのか)と1人称で考え、「いまここ」にいる自分の具体的な状況を思い浮かべてその内容を検討し直すのです。

 「いまここ」で自分がしたいこと、したくないこと(「やるべきこと」「してはならないこと」ではありません)が何かを決め直し、自分で選択したこととして飲み込むのです。それによって初めて、自分が感じている不自由さを取り除くことができます。

2.具体化すること。抽象的な言葉や一般論を、具体的な表現方法に変えてみます。それによってわき起こる自分の感情に触れる体験ができます。

<例>

最近の仕事は、やることがあいまいだ

      ↓ センタリングに向けてのいい換え

私は仕事に明確な目標と、それに向けての上司からの指示があることを望んでいる


 上司たるもの「こうあるべき」、部下たるもの「こうあるべき」と思っているあなた。現実の相手と向かい合い、自分の考えや気持ちを伝え、相手の考えや気持ちに耳を傾けることによって、センタリングを試みてみませんか。

※参考文献 『実践・“受容的な”ゲシュタルト・セラピー』ナカニシヤ出版刊
※本記事は「@IT自分戦略研究所」に掲載されたものを再掲載したものです。

事例については個人のプライバシー保護に配慮し、いくつかの事例から特徴的な部分を取り出しブレンドした形で掲載しています


筆者プロフィール ピースマインド 田中貴世

シニア産業カウンセラー、 日本産業カウンセラー協会認定キャリア・コンサルタント、日本オンラインカウンセリング協会認定オンラインカウンセラー、 家族カウンセラー協会認定家族相談士。子育て相談、保育士人材育成の仕事在職中にカウンセリングを学び資格を取得。転職支援センターのキャリアコンサルタントを経て、現在ピースマインドでカウンセラーを務める。職場のメンタルヘルス、キャリア、家族関係、夫婦問題とカウンセリング分野は幅広い。「カウンセラーは相談者の伴走者」と考え、「出会い」「気付き」の中に生まれるエネルギーに心動かされる日々だという。なお、ピースマインドが提供する「ストレスCheck」を@IT自分戦略研究所で試してみることもできる。


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