第3回 「感情の声」を無視しないでストレスと上手に付き合うための心の健康

人はなぜ感情を表現したくなるのか。その理由を知り、感情の欲求を満たすことで、無意識の不安を解消しよう。

» 2006年06月29日 00時00分 公開
[ピースマインド 田中貴世,ITmedia]

ビジネスパーソンが常に向き合わなくてはいけない“ストレス”。ピースマインドのカウンセラーが、毎回関連した話題を分かりやすくお届けする。危険信号を見逃さず、常に心の健康を維持していこう。


自分の中に詰まったもの

 「頭ではそうすることがよいと分かっているのだが、できない」

 「理屈では分かるのだが、やる気になれない」

 そういう気持ちになることが、あなたにもあるのではないでしょうか。そんなとき、どんな感じがしますか。頭がもやもやする、胸の辺りが重たい、気付くと無意識のうちにその問題を考えている、ということはありませんか。思考のスパイラルをぐるぐる回ってしまい、結論が出せないと感じるのではないでしょうか。

 「納得できない」「腑に落ちない」ときは、行動の決定がしにくいものですね。自分の中に何かが詰まっていて、腑に落ちるのを阻害している感じを受けたことはありませんか。そこに詰まっているもの、それが表現されずにとどまっている、あなたの感情です。

感情のプログラム

 原始時代、人が危機に陥ったとき、生き残る可能性が最も高い行動を選択できるように仕組まれた指令が「感情のプログラム」です。

 危険に遭遇すると、体は出血や激しい運動に備えます。思考も素早く単純な決断をする(それしかできない)ようになり、感情は予定した行動(例えば逃げる、戦うなど)を続けられるような気持ちにさせます。感情とは、体と心を一体にして危機に対処させるための緊急指令だったのです。

 ではなぜ感情に「表情」がついているのでしょう。

 人は悲しいときは悲しい顔をして、涙を流します。怒ったときは怒った顔、怖いときは怖がっている顔をします。

 悲しい顔をして涙を流しても、自分の行動にはあまり関係がなさそうに見えます。個体(1人)で活動する限りでは、表情の持つ意味はほとんどないでしょう。しかし人は、1対1で猛獣やほかの種と戦うのではなく、複数で協力して外敵と戦い、獲物を得る戦略を選びました。そうするためにはコミュニケーションが必要でした。自分がピンチのときは助けを求めるサインが、敵が近くにいるときにはそれを知らせるサインが、安全なときにはそれを伝えるサインが必要だったのです。

表情と感情はコミュニケーション手段

 最終的には人は頭脳を発達させ、言葉という強力な武器を発展させましたが、それまでは表情が大切なコミュニケーション手段でした。現代においても、われわれが話をするとき、話された言葉自体の意味から伝わる内容は7%、声の調子やスピードで伝わる内容は38%で、残りの55%は表情や身ぶり手ぶりで伝わるといいます(第11回 ITがストレスになる――新時代のストレス)。

 表情の原動力になっているのは感情です。感情には、仲間に自分の状態を伝えるという重要な役割があるのです。特に自分がピンチの状態のときは、その感情を伝えたいという欲求(感情の伝達欲求)が大きくなります。原始時代、人は伝えないと死んでしまったからです。

上司に怒られたときの感情は

 伝えたいという欲求は、表現したいという欲求(表現欲求)と、確実に伝わったことを知りたいという欲求(確認欲求)に分かれます。

 例えばあなたが、仕事上の問題で上司に怒られたとします。そのときわき起こった感情(悔しさ、怒り、情けなさなど)を同僚に話し、不満をぶつけたとしましょう(表現欲求)。もしその同僚に「上司が怒るのは、君にも落ち度があったのじゃないの。最近君は集中力が足りないよ」といわれたとしたら、あなたは自分の気持ちが同僚に伝わったとは感じないでしょう(確認欲求の不満足)。

 そうではなく、「あの上司は気分屋で困るよなぁ。もう少し努力の過程を認めてほしいよな」などといわれたら、ここで初めて表現欲求も確認欲求も満たされ、感情の伝達欲求が満たされたことになります。

 もちろんこの場合も、上司に怒られた悔しさ、怒り、情けなさの感情そのものが消えてなくなるわけではありません。しかし表現をしなければ、感情の伝達欲求が満たされないことで、あなたの中の原始時代の無意識が、死の危険をよけいに感じてしまいます。そして感情のプログラムそのもの、特に不安のプログラムを活性化させる悪循環に陥るのです。

感情の声に耳を傾けて

 死にそうなほど苦しいときに、そばの誰かに「助けて」といえない状況であれば、死ぬ確率は高くなります。感情の伝達欲求が満たされないことを、無意識は「死に近づいている状況」と判断するのです。あなたが感情を表現すること、誰かに共感してもらうことは、不安な気持ちの悪循環を安定した気持ちの循環に切り替えるための重要なスイッチになるのです。

 「納得できない」「腑に落ちない」と思い、動けない、窮屈であると感じたときは、あなたの中の「感情」という友人に声を掛けてみましょう。「お前はいま、どんな気持ちなんだ?」と感情の声に耳を傾けてみてください。そして感情の伝達欲求を満たし、無意識の不安を解消してみましょう。

 「私はこう感じる」「私はこの人事異動には不満だ」「私は上司の提案は受け入れるが、あのいい方には腹が立つ」。自分の感情の欲求を満たしてからもう一度問題と向かい合えば、窮屈だったときとは違うものが見える可能性が出てくるのです。

※参考文献 『愛する人を失うとどうして死にたくなるのか』文芸社刊
※本記事は「@IT自分戦略研究所」に掲載されたものを再掲載したものです。

筆者プロフィール ピースマインド 田中貴世

シニア産業カウンセラー、 日本産業カウンセラー協会認定キャリア・コンサルタント、日本オンラインカウンセリング協会認定オンラインカウンセラー、 家族カウンセラー協会認定家族相談士。子育て相談、保育士人材育成の仕事在職中にカウンセリングを学び資格を取得。転職支援センターのキャリアコンサルタントを経て、現在ピースマインドでカウンセラーを務める。職場のメンタルヘルス、キャリア、家族関係、夫婦問題とカウンセリング分野は幅広い。「カウンセラーは相談者の伴走者」と考え、「出会い」「気付き」の中に生まれるエネルギーに心動かされる日々だという。なお、ピースマインドが提供する「ストレスCheck」を@IT自分戦略研究所で試してみることもできる。


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