メーカーに勤める社員が、自社製品を毎日使う――愛社精神があれば自然なことであり、身をもって良さを実感できる行為ではあるが、そこに落とし穴はないのだろうか。
記者の愛用するWebブラウザはノルウェーの「Opera」、メールソフトはジャストシステムの「ShurikenPro」、テキストエディタは「QXエディタ」、ワープロは「一太郎」。特に狙っている訳ではないのだが、なぜか“職場のみんなが使っている”ソフトではないことが多い(10月23日の記事参照)。
先日、同僚のT記者に「ヨシオカさんはどうしてShuriken Proなんですか。どこがいいのか教えてほしい」と聞かれて、ハタと考え込んでしまった。メールの数が増えても動作が軽快、メールデータを暗号化できるのでセキュリティ面で安心……といったジャストシステムの公式サイトに書いてあるうたい文句を知らないわけではないし、日々それを享受している。しかし長年使っているのでそれが当たり前すぎて、特別なこととは思えないのだ。かつてメールソフトについて相談を受けたときに、「Shuriken ProはOutlook ExpressやBecky!からの乗り換えが簡単だよ」という殺し文句をささやいてShuriken Proを勧めたことがあったが、そう言う本人は長年Shurikenシリーズを使い続けているので、乗り換えなんて自分ではやったことがないのである。
そんなことを考えていて、ふと思い出したことがある。
記者はこの10月までモバイル編集部にいたため、携帯電話メーカーや通信キャリアの方にお会いする機会が多かった。そのとき、私用・あるいは仕事でどんな携帯を使っているか目にすることもしばしばあったのだが、ほとんどの人がその会社の携帯電話を使っていた。携帯のメーカーやキャリアで働く社員が、自社の携帯を使う――当然の行為だが、しかし本当にそれでいいのだろうか、と思ってしまったのだ。
「このメーカーの携帯が好き」というユーザーはいても、絶対に特定のメーカーの製品しか使わない、と決めている人はほとんどいないはずだ。ほかにもっと魅力的な製品が出てきたり、あるいは気まぐれによって、ユーザーはさまざまなメーカーの携帯へ“浮気”をする。また、今年の10月からは番号ポータビリティが始まったことにより、これまで使ったことがなかったキャリアの携帯電話を契約してみようという人も増えるだろう。
新しいキャリアやメーカーの携帯に乗り換えると、これまで当たり前だったことが当たり前でなくなる。まず感じるのは「文字入力が全然違う」という戸惑いだ。キーの配列、変換方式の違いなどにいちいち違和感を感じることになる。また、データの移動も一大事だろう。一言で“アドレス帳”と言っても、携帯を変えるとデータの保存形式が変わったり、そもそも保存しているデータの種類が違い、データを完全に移行できなかったりする。他にも便利だと思っていた機能がなくなって残念に思ったり、それまで知らなかった機能に驚いたりという体験を、ユーザーは誰でもすることになる。
1つの会社の製品を使い続けると、こういった驚きが見えなくなる。もちろん新製品を開発する途中で、テストで他社製品を使ってみたり、データ移行を試したりすることはあるだろう。しかし実験として普段使っていない製品で試すのと、日々自分が使っている製品で試すのとでは、感じる違和感の強さがまったく違うはずだ。
今までお会いした携帯メーカーの人で、競合他社の携帯を使っている人は、本当に数えるほどしかいなかった。他社製品を使っていたのは、使いやすいと定評があり、最近売れている会社の社員さんに多かったように思う(あくまでも私見だが)。会社では自社の携帯を使い、私用携帯は他キャリアの端末を使っている、という方もいた。
「他社の製品など使えるか」という気持ちはもちろん分かる。しかし、製品の企画や開発に関わる立場の人であれば、直接の競合製品を積極的に使ってみるくらいのほうがいいのではないか。“1つのものを使い続けること”によって、見えなくなる、感じなくなることは意外に多いのだから。
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