印象的だった料理を紹介しよう。まず1品目の暖かい液体。スープのようである。「海の匂いがする」「コーン……違うな」「マジ分からん」。予想がバラバラで、口にしても最後まで正体が分からなかった。嗅覚や味覚の働かないことを痛感する最初の品となる。
さらに皆が困り果てたのは、自分が食べ終わっているかどうか確認できない点。なにしろ見えないのだ。しかも相手は液体。指を突っ込んで確かめることは、抵抗感が邪魔してできない。
仕方なくスプーンを深皿に添わせ掻きとっては口に含み、量が少なくなったと感じたところで終了することに。いかに視覚が物事の判断基準になっているか、改めて思い知る。
痛恨の1品目に続き、答えが導きだせずに迷宮入りになったのが3品目だ。「肉でしょ」「いや、魚だよ」。意見は真っ向から対立する。スモークの強い香りに味覚がまぎれてしまい、最後まで肉か魚か意見が分かれた。
又、中盤あたりになると、嗅覚も味覚も頼りにならないことに業を煮やし、「触っちゃっていいよね」「俺、さっきから触ってるよ」と、皆が皿の中の未確認物体を素手でチェックするようになる。
必然的に始まったわしづかみ戦法。視線の心配がないから羞恥心がとっぱらわれること、箸で目的物をつかめない苛立ち、すっかり好奇心旺盛な子供に戻ってしまったことなどが、この戦術をさらに後押しした。
そして、食材当て合戦が最高潮に達したのはメイン料理のときだ。ジューシーな肉質に感嘆の声が上がるとともに「ブタ肉だ」「カモ肉だ」と、これまた2つの意見が拮抗する。
最初は断然ブタ肉派だった筆者は、飛び交う意見の中にカモ肉を予想する声も多く、しかも自信に満ちた声色だったため、だんだんカモ肉のような気がしてきた。しまいには、どちらか分からなくなる。失った視覚分を補おうと、聴覚が鋭敏化するのだろうか。目が見えないと、他人の意見や声色が及ぼす影響力が格段に跳ね上がることを発見した。
タイトル | 内容 | |
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乾杯 | ルイ・ピカメロ クレマン・ド・ブルゴーニュ (ブルゴーニュ産スパークリングワイン) |
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1品目 | 【種〜はじまりの種まき】 | えごまのスープに五種類の種まき (ひまわり、とうもろこし、かぼちゃ、えごま、アーモンド) |
2品目 | 【養〜恵みの海がしみる大地】 | 島根県知夫里の岩牡蠣に葛餡 ジンとライムの香り |
お飲み物 | ウィラメット・ヴァレー シャルドネ (オレゴン産白ワイン) |
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3品目 | 【兆〜目醒める季節の予感】 | 宮崎県日之影町・追川の山女魚のスモークと発芽豆(赤えんどう、大豆、青大豆、落花生、そら豆、はな豆、ひよこ豆、レンズ、豆など15種)のサラダ 河辺のクレソンをちぎって |
4品目 | 【発〜芽吹きの春】 | 蕗の薹の香りで竹の子のグリル のびるのフリット添え |
5品目(お箸休め) | 濃厚な果実のジュース 六種類の悪戯(グアナバナ、ルロ、ブラックベリー、フェイジイア、パッションフルーツ、ミックスフルーツのいずれか) | |
お飲み物 | ウィラメット・ヴァレー ピノ・ノワール (オレゴン産赤ワイン) |
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6品目 | 【成〜みなぎる力、みのる蕾】 | 育ち盛り八ケ月放牧豚(栃木産)のロースト 有機ワインのソースをかけて 桜鯛と高菜の蕾寿司 |
お飲物 | ベリンジャー ホワイト・ジンファンデル (カリフォルニア産ロゼワイン) |
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7品目 | 【開〜心と体の開花】 | 満開の桜のお盆に載った桜もち |
お土産 | 【実〜あなたにみのる気付きの種】 | 種ぎっしりの焼き菓子 |
ここまでで料理は6品、酒は4種出てきたが、まだ何を食べ、飲んだのか知らない。そんな運命共同体に、「次のデザートで最後となります。みなさんマスクをおとりください!」と、支配人。言われるがまま一斉にマスクを取ると――さらなる驚きが待っていた。
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