“目隠し”しながら手探りで食事を――上司と仲良くなれる「クラヤミ食堂」暗闇コミュニケーション体験リポート(1/3 ページ)

もしも視覚を奪われたら――。そんな“もしも”を体感できるのが“日本唯一”の「クラヤミ食堂」。未確認物体を口に入れては「トリ肉だ!」「いや魚だよ」「ブタじゃない?」などと食材を予想する声が飛び交う。見えない闇だから“見えた”ものとは?

» 2008年03月28日 20時49分 公開
[豊島美幸,ITmedia]

 “日本で唯一”の「クラヤミ食堂」では、誰もが視界を奪われる中でフルコースが供される。期待と不安を抱く筆者を待ち受けていたのは、予想を上回る驚きの連続。驚嘆をもたらしたのは、なんの変哲もない目隠し1つだ。

入店したら即目隠し。おそるおそる歩いてテーブルへ

クラヤミ食堂へようこそ! 春霞の夜空にそびえるこの看板がレストランの目印

 目隠しして食事を楽しむレストランは今や欧米中にある。発祥はスイスのチューリッヒ。視覚障害者でもある1人の牧師が、視覚障害者の雇用の拡大や理解を目指し、1999年に非営利運営のレストラン、「blindekuh」を開店したのがその始まりだ。次いでドイツやフランスなど欧州、ニューヨークやロサンジェルスなど北米、さらにオーストラリアへと飛び火し、「クラヤミ食堂」が日本に上陸した。

 3月21日夜8時。赤坂サカスから10分近く歩き、「クラヤミ食堂」に到着。店のエントランスは、黒い布で仕切られたウェイティングスペースとなっている。布の向こう側からは華やいだざわめき、食器の擦れ合う音、食欲をそそるいい匂いが漏れており、未知なる世界への想像力を掻き立てる。

 「クラヤミ食堂」はシーズンごとに数日間だけ“開店”する幻のレストランだ。「こどもごころ製作所」が、「大人が無意識に従ってしまっているルールや恥を取っ払うための心持ち」=「こどもごころ」を引き出すきっかけ作りの一環として“開店”。事前に販売されるチケットが、口コミであっという間に完売してしまうほど人気を博している。今回の「春バージョン」で3シーズン目に突入した。

 しかも現時点で通算7日間しか開店していない。ということは、この夜は幻の店を取材できる、千載一遇のチャンスである。筆者は店内の様子やお客さんの反応をありったけカメラに収めようと意気込んだ。

入り口で出迎えるギャルソンが、1人ひとりにアレルギーなどNG食材がないかを聞いていく
入店したらすぐ目隠し。取材で訪れたはずの筆者も、早々に取材カメラを“剥奪”のうえ目隠しされてしまった……

 ところが――。「せっかくですから、記者さんもぜひ体験していってください」と、急遽カメラを“剥奪”され、あれよあれよと目隠しされてしまう。いきなり闇の世界に放り込まれ、まな板の上の鯉と化す。

 予想外の展開に覚悟を決めこむ暇もないまま、今度は「お客様、私の手につかまってください。お席までご案内します」と、斜め前方から、さっきまでと違う声が。声の主であるギャルソンが筆者の両手に触れてきた。

 すがるように2つの手をつかみかえした“鯉”ならぬ半べそ人魚は、足を左右に動かして障害物がないか確認しながら一歩、また一歩とレストランの奥へと進み――ようやくテーブルにたどり着く。テーブルと椅子を何度も触り、感覚を手に覚えこませてから着席した。

 後で分かったことだが、このとき進んだ距離はわずか5メートルほど。体感では10メートルは軽くあったはず……。視界を断たれると、ここまで歩くことが恐怖だとは正直、思ってもみなかった。

永遠につづく正真正銘の闇。伝達ツールは声だけ

 クラヤミ食堂には2つのルールがある。1つは一緒に訪れた者同士は必ず別テーブルに座らなければならないこと。知らない者同士がコミュニケーションを図るためだ。もう1つは、全テーブルに一斉に供される料理を、支配人の鳴らす鈴の合図で食べ始めること。皆、同時に食材当てを楽しんでもらおうという算段だ。

 「こんばんは。○×といいます」。左隣りから女性の声がする。同時に手が伸びてきて、筆者の左腕をとらえた。筆者も自己紹介して手を握りかえす。すると今度は向かい側から、独特のイントネーションで名乗る人が。聞くとフランスの方だった。この自己紹介を突破口に、テーブル界隈では適度な緊張のなか、他愛のない会話がゆるやかに加速。

 しばらくするとソムリエらしき人に「右前方にグラスがあります」と促され、グラスの位置を手探りで確認。両手で挟むとやけに細長い。シャンパングラスのようだ。続いて液体がグラスを満たす音が聞こえた。だが相変わらず視界は真っ暗で、何が注がれているのか分からない。

 ここで筆者はある点に気づく。このレストランでは、巷にある仄暗い飲食店や夜の闇のように、暗さに目が慣れることがない。目を開いても、分厚いゴーグル状の目隠しに光を遮断され、見えるのは真っ黒な闇だけ。自然に耳、手のひら、鼻。この3つに意識が集中していく。

こぼれないか、グラスが強くあたりすぎないかヒヤッとするなか、手探りの乾杯

 遠く左側から、スピーカー越しに「皆様、グラスを重ねて乾杯をどうぞ!」という支配人の声がすると、異口同音に戸惑いの声が上がった。乾杯は横並びの2人組同士が向かい合い、4人の中間の位置で交わすことになる。けれどこの時点では皆、自分のテーブル前の空間感覚をようやくつかんだばかり。

 このおぼつかない状況で、並々と液体が注がれているであろうシャンパングラスを、液体をこぼさない程度の揺れで、ガラスを割ってしまわないよう適度にチンッと鳴らさなければならないのだから、戸惑うのも当然だった。

 しかし乾杯をしなければ先には進めない。そこで「△□さん、どこですか?」「あ、いたいた」などと、グラスを持っていないほうの手で、ほかの人のグラスを持った手を探し当て、手探りで互いのグラスを誘導しあう。「こっちこっち」「あ、あった」。四苦八苦の末、4つのグラスが重なって無事「カンパイ!」に。

 ハードルの高い“お題”を協力し合ってクリアした達成感から妙な連帯感が芽生え、顔の見えない“初対面”同士の会話が一気に加速したところで料理へとなだれ込んだ。

 2時間強のフルコースで振る舞われたのは、全部で料理7品と酒4種だ。その1つひとつに対し匂いをかぎ、触り、味わい――杯を交わした運命共同体が一丸となって食材を予想する。そんな濃い共通体験を皆で共有していくうち、日常生活は決して見えない多くのものが“見えてきた”。

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