新興国には、新興国ならではのマーケティング戦略が成り立ちます。インドのタタ自動車が行った攻め方を例に、100万円を持つ1人ではなく1万円を持つ100人を狙う戦略を見ていきましょう。
成功する一握りの人々だけが実践する、共通の「思考の法則」を知るには、いったん私たちが常識だと考えてきたルールをリセットする必要があります。そして、彼らの行動や考え方に注目し、そのエッセンスを吸収して、その根底にある思考のサイクルを身に付けることが重要です。
成功者はみな、次にあげる5つのビジネスプロセスを何度も、高速回転で循環させています。私は、キーワードとなった5つの英単語の頭文字をとって「5Aサイクル」と呼んでいます。
さて、ここで問題です。
インドのタタ自動車が世界で最も安い自動車「ナノ」を発表したときには世界中が驚きました。価格は10万ルピー。当時の為替レートで25万円、2012年の円高下では15万円に当たります。1人当たりの国民所得が約3500ドルと日本の約10分の1であることを考えると、日本人にとって150〜250万円くらいの感覚で車が買えることになります。
ナノが出るまで、世界で最も安い車はスズキと現地の合弁会社が生産する20万ルピーの車でした。タタ自動車のナノは、まさにインドの大衆車を目指した戦略的な価格設定だったわけです。
しかし、さらに驚いたのはその仕様。ラジオ、エアコン、エアバッグ、パワーウインドー、パワーステアリングはなし。ワイパーやドアミラーも運転席側のみ。富裕国にいると理解できそうにない、安っぽい仕様ですが、実はこの車が狙っているのは自動車オーナーではありません。5000万人ともいわれるバイク利用者なのです。
インドの移動手段、運搬手段のメインはオートバイあるいはオートバイを加工したオートリキシャーと呼ばれる三輪車です。道路も舗装されていないところが多く、牛や家畜の間をすり抜けながら家族4人がバイクにまたがって危なっかしく往来する光景を見れば、バイクに代わる市民の足という想定のナノの仕様はもはやインドの大衆車としては十分な性能なのでは、と思えるところもありますね。
ここで考えたいのは、企業の海外戦略です。例えばインド。インドの人口は12億人を超え、少子化の進む中国を抜いてやがて世界一の消費市場になると予測されています。市場としては非常に大きいですが、1人当たりの購買余力は非常に小さい。この点を単純化すれば、100万円持っている人が1人いるのが日本だとすれば、1万円持っている人が100人いるのがインドということになります。新興国のマーケティングは、これを考慮しなければうまくいきません。
特に、前述の通り平均的インド人は日本人の10分の1以下の所得しかありません。インフラの整備も遅れています。道路はガタガタ、牛やバイクで大渋滞、電気の安定供給もままならない状態です。そんな国でモノを売るときに、先進国で培ったノウハウが必ずしも通用するとは限りません。いや、むしろ失敗する可能性が高いでしょう。
もちろんグローバル企業の多くは、地球規模で市場を考えています。しかし、世界で売れる共通仕様の製品を開発し、エリアごとに若干のカスタマイズを施す「シンクグローバル、アクトローカル」が中心です。実際はそうした先進国からの一方向的なマーケティングではうまくいかないことのほうが多いのです。
いまだに多くの人が新興国もやがて所得水準が先進国なみになるのであるから、「放っておいても人々が製品に追い付く」と信じています。先進国で開発した製品の機能を少し落として値段も安くして提供すれば、新興国で売れるだろうと考えています。
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