田中角栄の一撃に見た――相手の心をつかむ「超」説得法:一撃「超」説得法(4/4 ページ)
「超」シリーズで知られる野口悠紀雄氏が、成功する説得の要点を大公開。説得の理論、相手の心のつかみ方とそのタイミングなどを事例を交えながら解説する。
角栄の一撃、日本の命運を決す
「それでもお前は頭取かっ!」
以下では、田中角栄による一撃説得のエピソードを紹介しよう。田中角栄は、1972年から74年までの日本の首相。高等教育を受けずに首相になった経緯から、「今太閤(いまたいこう)」と呼ばれた。首相就任後、日中国交正常化など数々の重要な業績を残したが、贈収賄事件(ロッキード事件)で逮捕された。しかし、政界に対する影響力は衰えず、「闇将軍」と呼ばれた。「金権政治」との批判も強く、毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい政治家だった。ただし、数々の重要局面において、利害が錯綜する難題を一撃で解決したのは事実だ。
超人的パフォーマンスで度肝を抜く
実はこれより少し前、私自身が角栄の「一撃瞬間説得術」を垣間見たことがある。それは、大蔵省入省式でのことだ。新入生20人が大臣室で一列に並んで、大臣の入室を待つ。
現われた角栄大蔵大臣は、並んだ新入生の端から1人1人に握手して「やー、○○君。頑張りたまえ」と声をかけ始めた。そして、20人のすべてに、1人も間違えずに呼びかけたのだ。メモなしで。また、秘書官がそばについて耳打ちしたわけでもない。田中大臣は、20人の姓名を1人残らず正しく記憶し、顔と一致させていたのである。この驚くべきパフォーマンスに、われわれは度肝を抜かれた。
握手が終わると、大臣訓示だ。田中角栄は次のように言った。
「諸君の上司には、ばかがいるかもしれん。諸君の素晴らしいアイデアが理解されないこともあるだろう。そんなときは、オレが聞いてやる。迷うことなく大臣室を訪れよ」(もちろん、この誘いに乗って、のこのこと大臣室に出かけた者はいなかったが)
この日、田中角栄は、われわれに次の2つのメッセージを伝えたのだ。
第1に、彼が極めて能力が高い人間であること。彼はそれを、20人の名を1人も間違えずに呼びかけることで、印象的に示した。
第2は、「オレは、君たちと同じ仲間だ」「オレは君たちの敵ではなく、味方だ」というメッセージだ。名前を呼んでくれたのだから、よそ者扱いされたわけではない。そして「大臣室に来てもよい」と言った。これらは、仲間性の明白な宣言だ。しかも、「仲間の中でも重要なメンバーだ」と言ってくれたわけである。社会に出たての若造が感激しないはずはない(もっとも、「大臣室に来い」は、他の場所でも連発しているリップサービスであることを、後になってから知った)。
パフォーマンスに強い印象を受けた新入生は、それを上司や先輩や友人に話すだろう。そうすれば彼のメッセージは、大蔵省全体どころか、社会に広まるだろう。そのことは、政治家としての田中角栄にとって、大変意味があることだ。周到に準備され、最適のタイミングを見計らって打ち出された一撃だったのだ。
次回は、一撃説得の重要性を感じたもう1つのエピソードとして、私が1993年に出した『「超」整理法』の命名を振り返ってみたい。
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