「お隣のAさんもBさんも」――“まわりの人”を利用する:思うように人の心を動かす話し方(2/2 ページ)
例えば、生命保険の契約をしようと思うとき、はたしてどのくらいの額の保険に入るのが妥当なのか分からない。明確な基準というものがないからだ。そこで「お隣のAさんもBさんも」というように、判断に迷っている相手には“まわりの人”を利用して提案するのが効果的。人は不安なときほど、他人の行動が気になるものなのだ。
不安なときほど、他人の行動が気になる
われわれは、確かな判断がつきにくくて不安なとき、同じような立場の他の人たちはどうなのかということが気になる。心理学に社会的比較の理論というのがあるが、絶対的基準がないときは、人は他人の行動を基準にして自分の行動を決めたり評価したりするのである。
例えば、地下道を歩いていて、急に胸が苦しくなって倒れたとする。そこに1人の人が通りかかる場合と、見ず知らずの3〜4人の人たちが通りかかる場合とを比較して、どちらのほうが助けてもらえる可能性が高いだろうか。
いくつかの心理学的実験によれば、人が複数いるときよりも、1人しかいないときのほうが助けてもらえる率が高い。それにはいくつかの要因が考えられるが、その1つに先ほど説明した社会的比較の心理がある。
声をかけて助けるべき事態なのか、それともただ寝ているだけで放っておくほうがよいのかが定かでないため、他の人はどうするだろうかと様子をうかがう。つまり、だれかが行動を起こさない限り自分も行動に出にくく、結局だれも行動に出られないということが起こるのだ。
話は変わるが、人は不安なときはだれかに近づいたり親しくしたくなる。つまり、親和欲求が高まる。日頃言葉を交わすことなどめったにないクラスメイト同士が、試験当日の朝などは、
「ゆうべは2時までがんばったけど、試験範囲全部に目を通す前に寝ちゃった」
「このあたりは試験に出るかなあ?」
などと親しげに話していたりする。知らない人に自分から話しかけることなど、まずあり得ないという人でも、病院の待合室などでは、隣で待つ人に、
「どこがお悪いのですか?」
「長く通っていらっしゃるんですか?」
と尋ねたり、自分の症状を説明して、
「こんなのはたいしたことないですよね」
と同意を求めたりする。
不安なときは人を求める。たとえ相手が知らない人でも、親しみを感じやすいのである。したがって、家族に重病人が出たときや何らかの不幸な出来事があったとき、自分自身の病気が見つかったときなどは、他人に対する自分の態度を冷静にチェックしないととんでもないことになる可能性がある。普通ならインターホンを鳴らされても門前払いしている相手でさえも、つい玄関の中に招き入れてしまったりするかもしれない。
不況時や天災に見舞われたときなど、社会不安が高まっているときに、悪徳商法につけこまれる人が多いというのも、こうした心理によるものといえる。
(次回は「言葉の裏に隠れたメッセージで、人の欲望を刺激する」について)
著者プロフィール:
榎本博明(えのもと・ひろあき)
心理学博士。1955年、東京生まれ。東京大学教育心理学科卒業。
東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授等を経て、現在、MP人間科学研究所代表。心理学をベースにした企業研修・教育講演等を数多く行うとともに、自己心理学を提唱し、自己と他者を軸としたコミュニケーションについての研究を行うなど、現代社会のもっとも近いところで活躍する心理学者である。
著書に、『「上から目線」の構造』『「すみません」の国』(日経プレミアシリーズ)、『「上から目線」の扱い方』(アスコム)、『「俺は聞いてない!」と怒りだす人たち』(朝日新書)、『心理学者に学ぶ気持ちを伝えあう技術』(創元社)など多数。
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