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» 2005年03月14日 10時44分 公開

テレビ電話の可能性は“非電話型”ソリューションにある神尾寿の時事日想

テレビCMを目にしない日はないくらい、NTTドコモはテレビ電話の普及に力を入れているが、未だユーザーの心をつかんでいないのが現状だ。テレビ電話のニーズは今までの「電話の延長線上」ではなく、むしろ対話から離れたところにあるのではないか。

[神尾寿,ITmedia]

 NTTグループにとって、テレビ電話は「見果てぬ夢」だ。思い返せば、NTTはこの10年、個人向けテレビ電話を普及させようと努力し、挫折してきた。モバイル全盛期の今は、「FOMAでテレビ電話」を普及させようとしているが、未だユーザーの心を掴んではいない。

 テレビ電話にニーズはあるのか、と考えれば、答えは「ある」だろう。しかし、その在り方が、明治22年の電話創業から115年の歳月を経て普及した「電話」の延長線上でいいのか、しっかりと考える必要がある。

 電話というのは本質的に“ぶしつけ”なコミュニケーション手段だ。相手の時間に割り込み、直接的なコミュニケーションを要求する。そのぶしつけさは携帯電話で増したが、相手の姿が見えない音声コミュニケーションである点は固定電話時代と同じだった。しかし、テレビ電話は、いきなり呼び出されて「顔を見せろ」という。冷静に考えれば、ぶしつけさのレベルは、固定電話から携帯電話に変遷した時の比ではない。どれほど端末が普及しても、テレビ電話で対話を要求できるのは、家族や気のおけない友人だけだろう。

 テレビ電話は“対話”という電話型の発想から離れた方が、その可能性がよく見える。その好例がセキュリティ分野での取り組みだ。テレビドアホンや留守宅内の映像をTV電話で見るというのは、治安の悪化と市民の自衛意識の高まりを考えれば、普及は「コスト次第」の段階まできている。セキュリティ分野以外でも、“リモートの眼”という発想は様々な応用事例がありそうだ。

 一方、テレビ電話をコミュニケーション用途で使いたいならば、カメラは対話以外で使った方がいいだろう。例えば、電話で話しながら、自分が見ているものを映す。いわば、“眼の共有”である。

 将来、今の小学生が成人する頃には、もしかしたら対話型のテレビ電話が普及するかもしれない。しかし、ほとんどゼロからスタートしたメール文化と異なり、テレビ電話は電話100年の歴史がハードルになっている。古くからの習慣や文化を変えるのは、可能だとしても困難で時間がかかるプロセスだ。テレビ電話は、新しい分野である“非電話型ソリューション”から普及していくのではないだろうか。

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