自動車関連税制の論理性は見直すべき池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/3 ページ)

» 2015年11月24日 08時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

いびつなクルマへのインセンティブ

 それが自由経済や技術の発展を阻害する変なインセンティブになる可能性もある。例えば、自動車の技術の側から見ても不自然なことが起こりかねない。税率ランクを下げるため、つまり燃費を良くするために、他の要素を犠牲にした極端なエンジニアリングが行われる可能性が高いのだ。

 例えばタイヤだ。タイヤがグリップを生む仕組みは大きく分けてアドヒージョンとヒステリシスロスの2つがある。多少乱暴に言えば、アドヒーションとはガムテープのように、ものに粘着する力で、ヒステリシスロスは熱損失の仕組みによって発生する力だ。

 アドヒージョンについてはイメージしやすいだろうが、ヒステリシスロスについてはなかなか感覚が掴めないと思う。ゴムは力を加えると変形するが、変形から戻るときに路面からの入力と同じ力で押し返さない。力がゴムの中で熱に変換されて減衰するのだ。低反発まくらを想像して欲しい。普通のスポンジのように押し返さないあの感じが近い(もちろんスポンジにもヒステリシスロスはある)。そしてこの差分がグリップを生むと高分子化学の専門家は言うのだ。

 濡れたものにガムテープが貼り付かないように、ウェット路面ではアドヒージョンは大きく低下する。だからそのとき、頼みの綱になるのがヒステリシスロスだ。

 ヒステリシスロスは普通にまっすぐ走っているときにも発生する。直進時はそれほどグリップを必要としなくてもおかまいなしに発生し、それが燃費を悪化させる主要因になっているのだ。だから自動車メーカーは、低燃費車を開発するときにはタイヤメーカーに協力を仰いで、ヒステリシスロスが少ない低燃費タイヤを作らせる。しかし、思い出して欲しい。雨のとき、このタイヤが頼りになるかどうか。

低燃費を支えるエコタイヤだが、かつてのタイヤと比べて濡れた路面でのグリップ性能はどうしても低下する 低燃費を支えるエコタイヤだが、かつてのタイヤと比べて濡れた路面でのグリップ性能はどうしても低下する

 詳細は省くが、ゴムに混ぜる添加物を工夫する方向で、技術は年々進歩しているので、濡れた路面でのグリップ低下は少しずつ改善されてはいる。しかしタイヤメーカーの技術者に「エコタイヤ以前のタイヤと同じように濡れた路面をグリップするタイヤがあるか?」と問えば、言い訳なしで「ある」と答える技術者はいないはずだ。

 つまり、少なくとも原理的にはエコタイヤの「エコ」は濡れた路面での「安全性の低下」とトレードオフ関係にある。極端な言い方をすれば、エンジニアがモラルを捨てて、濡れた路面のグリップを生贄(いけにえ)に差し出せば、今以上の低燃費タイヤが作れる。現状ですら、そのタブーの領域に差しかかりつつあるタイヤもあるのだ。今回の税制改革はそういう禁断の領域へのより強い誘引になる。タイヤだけではない、エンジンの特性も変速機の特性も、果てはサスペンションのジオメトリーも、何かを犠牲にすれば低燃費にもっと寄せることが可能なのだ。

 日本の経済にとって自動車は非常に重要な産業である。その発展の方向性を捻じ曲げ、ユーザーにもしわ寄せが来かねない今回の改正案には筆者は反対である。

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