自動車づくりの“日本回帰”を支えているのは?池田直渡「週刊モータージャーナル」(5/5 ページ)

» 2015年12月14日 08時00分 公開
[池田直渡ITmedia]
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素材だけでなく生産ラインも変わった

 もう1つ重要なポイントがある。それは溶接技術だ。溶接の理想は面の完全密着だ。ついで線、最後に点となる。従来、自動車のシャシーはスポット溶接によって接合されていたのだが、この方法では点接合しかできない上に、その点と点の間にはある程度の距離を必要とした。資料によって2.5センチというものもあれば、5センチというものもあるが、要するに裏表からクランプして電流を流し、電気抵抗で金属を溶かすという原理から言って、隣り合う点が近すぎると電流がリークしてしまうという問題は、スポット溶接を使う限り根本的に解決する方法がない。

 そういう意味ではレーザー溶接で線溶接する方が望ましい。しかし、これまでのレーザー溶接では、溶接に要する時間が長く生産効率が悪化してしまう。そのためどうしても強度が必要な場所のみスポット溶接とスポット溶接の間を補完する補助的な役割しか与えられてこなかった。

 しかし、トヨタは新たにレザースクリューウェルディングという接合法採用し、スポット溶接の補助ではなくレーザー溶接を主体とする接合方法を採用した。レーザースクリューウェルディングは、スポット溶接より大きな点を、より密度の高い間隔で打つことができる上、作業速度が極めて高い。この新たな接合技術によって、シャシー性能を向上させながら、軽量化し、さらに生産速度を上げられるようになった。

 もう1つ革新的な接合方法が登場している。それは摩擦攪拌(かくはん)接合という方法だ。溶接点にコマのようなパーツを当てて圧力をかけながら高速回転させる。金属は摩擦熱で柔らかくなって、粘土のように混ぜ合わさる。この方法の最大の魅力は接合に要する温度が低いことだ。鋼板は高温にさらされると素材変化を起こし、強度が落ちたり脆くなったりする。摩擦攪拌接合の場合、そうした現象が起きるほど温度が上がらないため、鋼板の性能が劣化しない。高張力鋼板の性能をより引き出すことができるのだ。しかもアルミと鉄のような異素材の接合も可能である。シャシーを構成する金属の選択自由度が上がれば、当然その分軽量化にも高剛性化にも効いてくる。

摩擦攪拌接合 摩擦攪拌接合
摩擦攪拌接合イメージ 摩擦攪拌接合イメージ

 そしてレーザースクリューウェルディングも摩擦攪拌接合も、工業用ロボットのプログラミングで高い汎用性が確保できる。スポット溶接におけるクランプのような物理的な制約がないため、ロボットのアームが溶接できる自由度が高い。それはすなわち、1つのラインに多品種のクルマを必要に応じて流すことが可能になるということだ。この混生ラインは、生産性の向上に大きく寄与する。従来の方法ではプリウスのラインはフル稼働だが、カローラのラインは止まっているというようなことが起きがちだった。

 しかし、これらの新しい溶接技術によって、生産ラインは単一モデルの専用ラインではなくなるため、空いているラインで売れているクルマを生産すれば、納期が早くなり、同時に工場の稼働率を上げることができる。

 国内でないと手に入らない素材や、それを機械化によって効率よく組み立てる新しい溶接技術によって、生産原価に対する人件費比率を減らすことができた結果、多少の人件費の差は飲み込めるようになった。

 技術の向上によって、日本をはじめ先進国でのモノ作りは再び注目すべき状況になっているのである。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

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