この伊那食品工業の事実上の創業者であり、2005年に代表取締役会長になった塚越寛氏は、著書『「リストラなしの「年輪経営」』(光文社)の中で、次のように述べておられます。
経営にとって「本来あるべき姿」とは、「社員を幸せにするような会社をつくり、それを通じて社会に貢献する」ことです。売り上げも利益も、それを実現するための手段に過ぎません。
会社を家庭だと考えれば、分かりやすいでしょう。社員は家族です。食べ物が少なくなったからといって、家族の誰かを追い出して、残りの者で食べるということはあり得ません。
会社も同じです。家族の幸せを願うように、社員の幸せを願う経営が大切なのです。また、そう願うことで、会社経営にどんどん好循環が生まれています。
伊那食品工業が半世紀に亘り、増収増益が続けられた秘密も、ここにあります。
「会社は家庭」「社員は家族」というと、高度成長期の日本の企業で語られていたスタイルのように思われるかもしれませんが、それとはまったく別物だと思います。
戦後の復興を成し遂げ、高度成長期の日本経済をデザインしけん引したリーダーたちは、1930年代から40年代の「総力戦体制」でエリート教育を受けた人々でした。近年、このことは多くの研究者に論じられています。昭和の日本は、終戦を境に軍事から経済へ衣替えはしたものの、国家の計画のもと、国民が一丸となって突き進むという姿は戦前戦中からひと続きのものだったのです。
高度成長期に叫ばれた会社を家族に擬する考え方は、国民すべてを戦時体制に動員した戦前戦中のエモーションと、さながら通じ合うものがあります。そこでは、社員は会社を発展させるための“手段”であり、国民は日本経済を強くする“手段”ですらあったのではないでしょうか。「競争のための人間」「企業の利益のための人間」「社会のための人間」です。
これに対し、塚越氏が貫いてこられた哲学は、社員の幸福を“目的”とするものです。売り上げも利益も、社員の幸せを実現するための手段だと明快に言い切っておられます。その“社員を幸せにする会社”を通して社会に貢献するとおっしゃっているのです。「人のための社会」「人のための企業」「幸せのための働き方」という、21世紀のあるべき姿を、塚越氏は半世紀も先んじて実践し、それが可能であることを証明してこられたと私は思っています。
インナーブランディングの実践において不可欠な「誇り」と「愛着」というのは、20世紀に強調されていたような、外から与えられる“外発的”な愛社精神とはまったく異なります。そこにあるかけがえのない独自性を自分たちで見いだし、そこから社員個々人の内に湧き出す“内発的”なものです。
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