ブランド成長の源は「独自性」を磨くこと「売れる商品」の原動力(1/5 ページ)

» 2016年08月18日 05時30分 公開
[井尻雄久ITmedia]

集中連載:「売れる商品」の原動力

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この連載は、書籍『「売れる商品」の原動力―インナーブランディングの思想』(論創社)から一部抜粋、再編集したものです。

元電通社員として、数多くの新商品の開発・事業戦略の構築に関わった著者が、キーワード“誇りと愛着”を駆使して、ジェクトワン・ニビシ醤油・伊那食品など成功企業の秘密を解明。

企業や地域といった組織が、永続的な発展に向けて取り組むべきことを分かりやすく紹介します。


“無理をする”スパイラルがブランド力を低下させる

 ブランドづくりには、必ずしもその企業に歴史や伝統がなければならないということはありません。私は、ブランドづくりの仕事をするにあたって、あえて「ブランドコンセプト」とは言わず、「ブランドビジョン」という言葉を使うようにしています。コンセプトが概念や観念という意味であるのに対し、ビジョンとは、未来像、洞察力、先見といった意味です。すなわちブランドというのは常に未来志向であるべきだと思うからです。

 ある商品をブランドとして育てたいとか、企業を成長させたいとか、または地域を活性化させたいと考えること。将来こうなりたいと思い描くこと。未来への思いを描かなければ、企業も地域も、そこに向かって成長することはできません。ビジョンを描くことが「因」となって、成長・発展という「果」があるわけです。

 ところが、経営者の方とお話をしていて「御社はどういうビジョンをお持ちですか?」と尋ねると、往々にして何年後に何億円を達成するというような“数字目標”が返ってくることがあります。「社会からこのように思われる会社に育てたい」というような話をされる方はなかなか少ないのが現実です。

 ビジョンが数字にとどまってしまうと、その数字の達成のために、会社も社員も無理をしてしまいます。それが仕事というものじゃないかとお叱りを受けるかもしれませんが、ここにリスクがあるのです。

 例えば数字の達成のために、やりたくない仕事、あるいは、やるべきでないと思う仕事まで受けてしまったり、場合によっては値引きに応じるといったことが生じてしまいがちです。けれども、数字のためにやりたくもない仕事をすれば、モチベーションは下がります。その結果、仕事の質も落ちるでしょう。値引きに一度応じてしまうと、相手は次も期待してきます。そういう関係を継続しようとすれば、今度はコストの削減が求められてきます。そのコスト削減を実行しようとすれば、次は材料の仕入れ先など、そこにつながるところにモチベーションの下がる人をたくさん生み出してしまいます。

 そうやって無理をして達成した数字は、翌シーズンもまた達成すべき数字になってしまい、結果として“無理をする”スパイラルが働き続けていくことになります。前述したようにブランド力というのは“情熱の総量”ですから、そうなれば、そのブランド力は落ちていかざるを得ません。故に、ビジョンとして数字を第一にするべきではないと私は考えているのです。

 では、何をビジョンの第一に掲げるべきか。やはりそれは、「誰のために、この会社はあるのか」「社会の中で、誰に喜んでもらうためにこの商品を作ったのか」という“何のため”です。そこが揺るぎなくビジョンとして明示されていることが重要で、売り上げとか利益というものは、あとからついてくるものだと考えるべきです。そうでなければ、皆が情熱を傾けられるブランドには育たないでしょう。

 ブランドというものの本質が、マーケットの中でのポジションとか他社との比較ではなく、あくまで自社の“使命を磨くこと”であり“独自性の追求”であり、その内なる独自性を力に変えていくことだというのは、そういうことです。それなりに名の通った数多くのホテルやレストランが、異なる食材を高級食材と偽って表示してお客さまに提供していたことは、単なる表示の問題ではなく、ビジョンが売り上げや利益という数字の追求になってしまうことの危うさを語ってあまりある出来事だったと私は考えています。

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