トヨタの広報から連絡をもらったとき、気が重くなった。86のビッグマイナーチェンジである。
デビュー直後のモデルに乗ったとき、正直なところ感心できなかった。とはいえ、長らく絶えて久しかったスポーツ系モデルを作って売っていることは評価したくもある。スポーツモデルの廃絶に荷担するのは本意ではないからだ。
しかし、試乗してみてダメだったときどうしたものか。そして記憶の中にあるデビュー直後のあの86が、褒められるほど良くなるとは思えなかった。トヨタの継続の意思が固ければ、心置きなくダメ出しができるが、「やっぱりスポーツ系車種なんて作るんじゃなかった」とばかりに後継モデルなしで生産中止となったりしたら、書き手として心が痛む。トヨタに対してではない。スポーツモデルを心待ちにしているユーザーに対してである。
そしてもう1つ、トヨタの広報が言うのだ。「今回の試乗会では、空力効果を改善するアルミテープも体験していただきたいのです。ボディに貼るだけで空力が改善します」。絶句した。どう聞いてもオカルトである。
世の中には疑似科学で効能をうたう怪しい商品があり、その多くは効能がウソか大げさなものだ。最悪の場合、害のあるものもある。古くからあるもので言えば、ホメオパシーであり、ここ最近の例で言えば、水素水や空間除菌剤であり、まん延している例で言えば、血液型分類であり、ビジネスとして定着しているもので言えば、家電業界のイオン効果のようなものだ。よもやトヨタがと思わないではないが、シャープのプラズマクラスター、パナソニックのナノイーあたりの例を考えると油断はできない。非科学的な原稿は書きたくない。
試乗会そのものには行くと返事をした。大幅改良したという86も、アルミテープも、この目で見て走って確かめないで、ダメと決めつけるわけにはいかない。
まずはアルミテープの話を聞いた。トヨタのエンジニアが説明してくれた端的な事実から。トヨタはこのアルミテープについて特許を取得した。特許の取得が固まったので、86のマイナーチェンジと一緒に詳細説明の場を設けることにした。しかし、生産車への採用はノア/ヴォクシーとプロボックス/サクシードから既に始まっている。特許申請中であったので、これまでは一切の宣伝をしてこなかったのだ。
どんよりした気持ちがその説明で、ちょっと変わった。スポーツ系のクルマの場合、多少オカルトであっても性能が上がると言われればユーザーは夢を見られる。ストーリーも性能の一部なのだ。だからオカルトパーツとスポーツモデルは相性が良い。しかしこれがプロボックス/サクシードのような商用車となれば、ごちゃごちゃ言ってないで1円でも安くしろというのがマーケットの意向だ。つまりプロボックス/サクシードには効果がないオカルトパーツを採用する理由がない。
さらに言えば、オカルトパーツは効果があるという説明があってこそプラシーボ(暗示)効果を発揮するのであって、黙っていては暗示が効かない。状況証拠でしかないが、少なくともトヨタはこのアルミテープにプラシーボでない商品力があると自信を持っていることになる。
さて、それからが大変だった。トヨタはマイナーチェンジ後の86を「86KOUKI」と呼ぶのだそうだが、そのKOUKIにはアルミステッカーが既にライン装着されている。だからテープの有るなしによる実験は、ZENKI(とはトヨタは言っていないが)に乗るしかない。試乗するクルマの助手席にトヨタのエンジニアが乗り、プラスチック製のステアリングコラムカバーにステッカーを貼ったり剥がしたりする。そんな金属部品ですらないところに貼ること自体がいよいよ怪しい。
ところが、困ったことにステッカーを貼るとハンドリングが変わるのだ。不感帯が減ってハンドリングがシュアになる。参った。何度かそれを繰り返した後、今度は前後バンパーとフロントウィンドーにもステッカーを貼り、さあ乗ってみろと言われる。これがまたいろいろと変わる。それまでは路面の不整を越えた後でタイヤが踊っている感覚があったのが大分緩和され、全体にだらしない印象だったものがグッと締まった。
大変な経験をしてしまった。これについてのトヨタ側からの説明が科学的でなかったら一体どうやって原稿を書けばいいのだろうか?
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