両チェーンは今では決して珍しくない、食べ放題のカジュアルな鍋専門店であるが、モーパラ1号店がオープンした93年当時は画期的な試みであった。そもそも業種を問わず、食べ放題の店もほとんどなかった。日米経済摩擦の解消を目指した91年に始まる牛肉の関税引き下げと、当時の東京を席巻したもつ鍋ブームによる鍋の年間商品化の流れを読み切り、月商6000万円というとてつもないヒットとなった。
「もともとは自社物件の割烹料理のお店で、すし職人を20人くらい並べて営業していました。それがうまくいかず、業態を変更したのがモーパラでした。まだ今ほど牛肉が安くなかった当時、1500円の客単価でしゃぶしゃぶとすき焼きの食べ放題を思い切ってやった結果、ヒットしましたね」(大根田氏)。
勢いに乗って18店ほどにまで店舗数を伸ばしたが、次第に客数が減少し、出店をストップしていた停滞期もあった。00年代に入って、モーパラの利益率20%という収益力の高さが見直され(飲食店の平均利益率は8.6%)、ターゲットの年齢層を上げた鍋ぞうの開発につながった。04年〜06年はV字回復の出店攻勢となったのだ。
居酒屋との値下げ競争に巻き込まれて、業績を落とした時期もあったが、あくまで食事中心の鍋専門店、お酒が中心の店ではないとスタンスを明確にしてからは、業績が安定してきた。同時にアジアの発展をチャンスと見て、現地パートナー企業とフランチャイズ契約を結んでいった。
そして、10年を経過し、鍋ぞうでは食べ放題の具材強化、モーパラでは今回の世界的な和食ブームを見据えたインバウンド強化のリニューアルと、さらなる進化を遂げている。
時代に合ったニーズをくみ取り、10年単位でリフレッシュして業態を磨き上げるモーパラ、鍋ぞうの手法は、長寿業態を生み出す巧妙なビジネスモデルの一例と言えるだろう。
長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)
兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)など。
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