WRX STI スポーツモデルの未来池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/3 ページ)

» 2017年07月18日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]

新旧WRX STIに乗る

 幸いなことに今回のテストコースはサイクルスポーツセンターだったので、WRCイメージの超高性能車を制限速度でインプレッションという間抜けなことにならずに済んだ。しかも新旧モデルが比較試乗できるという行き届いたプログラムだった。

 ただし、ここで念を押さねばならないが、試乗コースがこうしたサーキットのような場所だと、一般の交通の中を走ったときにどうかはテストできない。信号も一時停止もないし、他車との速度差を考えれば、ゆっくり走ると危ない。レースのような走り方をしたときにどうかという試乗になることはご理解いただきたい。一般公道でのクルマの出来がどうかについては別途試乗してみるまで留保させていただきたい。

 さて、当たり前のことだが、車重1490キロに対して308馬力/43.0キログラムメートルのクルマの加速性能は尋常ではない。激辛比べをするならまだ上はいるだろうが、昨今の社会通念の中で、日常的にこれほどの加速を使う頻度を考えればオーバースペックだと思う。恐らくもっと動力性能を落としても「スポーツ」は成立する。WRX STIは、新型になってもWRCイメージを踏襲した動力性能という点では変わっていない。

 結局のところ、速く走ることが認められない社会でのクルマの価値、とりわけスポーツカーの価値がどう変わっていくかと言えば、ピーク値に代わってビークルダイナミクスの精度が重要になるのだと思う。筆者の持論で言えば、それはスピードスケートからフィギュアスケートのような転換で、つまりクルマのあらゆる局面での所作、身のこなしが重視されると考えられる。モータースポーツではすでにD1という競技があり、これはタイムを争うのではなくドリフトの姿勢の美しさを競うもので、まさにフィギュア的な世界である。

 公道でドリフトするわけにはいかないが、交差点を時速15キロで曲がっても、その一連の過程での姿勢をキレイに制御できたかどうかには歴然とした違いがあり、クルマの挙動を美しくコントロールするという意味においては、それは立派にスポーツである。

 果たしてフィギュア的なものがそのものズバリかどうかはさておき、速度そのものが反社会的と言われる時代にスポーツカーが存続するためには、速度に依存しないスポーツ性の確立が必須になるのは間違いない。

 新旧のWRX STIを乗り比べて、そのビークルダイナミクスの進歩に驚いた。旧型の機械式センターデフに対し、新型では電子制御になった。これがさまざまな面で天と地ほどの差になっていた。

 最も顕著に改善されたのは下りの中速コーナーだ。機械式デフの場合、レースのような走り方で強いブレーキを掛けたときに接地力が落ちたリヤタイヤから駆動が抜けて、フロントタイヤに駆動が移り、高性能タイヤのお陰もあってノーズを強烈に内側に引っ張る。次にその挙動によってリヤタイヤに荷重が掛かって、再びリヤタイヤが駆動力を掛けるというサイクルが繰り返される。

限界時の挙動を大幅に改善した立役者である電制デフ。スバルではDCCD(ドライバーズコントロールセンターデフ)と呼ぶ。自動モードの切り替えで3つのラインを選ぶことができる 限界時の挙動を大幅に改善した立役者である電制デフ。スバルではDCCD(ドライバーズコントロールセンターデフ)と呼ぶ。自動モードの切り替えで3つのラインを選ぶことができる

 高負荷旋回域だけに、その間の横Gの変化は大きく、周期も比較的速い。ドライバーは左右に激しくシェイクされて運転姿勢を維持するのが大変なほどだ。高性能タイヤのお陰で危険とまでは言わないが、誰でも制御できる挙動とは言えない。原因は機械式デフの前後駆動力配分が、カムによってオンオフ的に行われるところにある。

 この現象が電制デフを採用した新型では全く起こらない。そればかりか、ターンインのとき、リヤタイヤがむやみに踏ん張らず、自然な自転運動を助け、しかる後に旋回に入るとグッと踏ん張るし、一度そうなればリヤが飛びそうな気配は見せない。試みにそこから無理にアクセルを踏み込めばフロントの許容を超えてアンダーへと移行する。

 あるいは、意地悪をして進入からオーバースピードでコーナーに放り込めば、フロントが限界を超えてズリズリと滑り出して穏やかなアンダーステアとなる。タイヤの抵抗で自然に速度が落ちた後のグリップの回復も穏やかで、旧型のグリップ回復時のような急激な横Gの立ち上がりが起こらない。

今回の改良にあたって、乗り心地の改善も目標のひとつ。サスペンションを構成するばね、ダンパー、スタビライザーに加えフロントサスのピローボールもゴムを使ったものに改められている 今回の改良にあたって、乗り心地の改善も目標のひとつ。サスペンションを構成するばね、ダンパー、スタビライザーに加えフロントサスのピローボールもゴムを使ったものに改められている

 もちろん旋回中の駆動力の与え過ぎや、オーバースピードでのコーナー進入でアンダーが出た場合、そこからタイヤの抵抗で速度が落ちていってグリップが戻るまでは待つしかない。待っている間にコースアウトすればクラッシュなので、どこまででも助けてくれるとは思わない方が良い。タイヤのグリップ内で走るのが基本だが、何かのアクシデントで限界を超えても、即おしまいではないという意味である。

 駆動配分が滑らかに行われ、クルマの挙動が安定した分、アクセルを抜いて挙動を整える必要が減って、踏み込み量を一定に保っていられる。宿命的に過給圧遅れが起きるターボの場合、アクセル操作はtoo much too rate(遅すぎ、多すぎ)になりがちで、一定に保っていられればそういうネガを引き込まずに済む。

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