WRX STI スポーツモデルの未来池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)

» 2017年07月18日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]
前のページへ 1|2|3       

 今回のモデルチェンジで、ダンパー、スプリング、スタビライザー共にアシを動かす方向にセッティングを改めたことも好印象だ。オンオフ的に効く機械式デフの場合、高速高負荷時、つまり滅多に使わないが、何かあったらリスクの高い領域で駆動力が行ったり来たりしてクルマが暴れる状態に入ることを極力防ぎたい。とすれば、その現象の発端となるリヤタイヤの荷重抜けを何とかしなくてはならない。旧型ではそのためにフロントサスを硬めて前のめり姿勢を防ぐ必要があった。しかし新型では電制デフを採用したおかげで挙動の乱れそのものを抑え込むことができ、その結果アシをもっと動かすことができるようになった。当然日常的速度域での乗り心地も改善される。

 クローズドコースでしか使わないような限界時の荷重移動を抑えるためにアシを固めれば、もっとカジュアルな速度域でのスポーツドライブでは前輪が突っ張って十分に荷重が呼べない。フロントサスが縮めば荷重はフロントに移って舵の効きが良くなる。対してフロントサスを硬くするということは、前輪の接地荷重が増えないから舵が効かない方向になる。そういうセッティングのアシは、コーナー進入時に強烈なブレーキでフロント荷重をアシストしてやらなければスポーツ性が味わえない。それはフィギュア的ではない。新型はアシが動くことによって、幅広い速度域でドライバーの意図する動きを作ることが出来るようになった。

 ということで、新型WRX STIは総合的にどうかと言えば、限界性能も限界時の挙動も改善されているが、電制デフ採用の副産物としてアシを柔らかくでき、結果的により低速でも愉しくクルマをコントロールできるようになった。

スバルは質感にこだわったと言うが、全体的には落ち着かない。円形でないステアリングも減点要素 スバルは質感にこだわったと言うが、全体的には落ち着かない。円形でないステアリングも減点要素

スバルはどこへ向かうのか?

 これらの改善が日常域の走りを意識した意図的なものかどうかをエンジニアに尋ねてみたところ、低速側は意図したものではなく、やはり高速側に主眼を置いて改良を行った際の副産物だったことが分かった。

 ただし、「スバルにとってのスポーツ」をこれからどうしていくのかと言う点では強い問題意識を持っていたのもまた事実である。ランサーエボリューション亡き後、日産GT-RとスバルWRXは超高性能乗用車の最後の砦だが、エンジニアも世の中の流れを考えれば「いつかは作れなくなりますよね」と覚悟はしている。

 30年前、夜の箱根にはコーナーにギャラリーが集まっていたし、そこに走りに来る若者がいた。公道を速く走ることは当時だって決してリーガルではなかったが、善悪はともかく現実にそういう世界が存在した。

 今、たまたま週末の夜に箱根を通りかかっても、ギャラリーはおろか、それらしいクルマもいない。そういうクルマが求められる時代は終わったのである。アドレナリンが全身を駆け巡るようなスポーツではなく、心が愉しくなるスポーツへの転換をスバルは成し遂げていかなくてはならない。そして新型WRX STIは意図したわけではないが、そういう過渡域のリニアリティを愉しむ方向に少しだけだが変わっていたことを確認した。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

 →メールマガジン「モータージャーナル」


前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.