“個性”を食卓に届ける 会津の若者の思いを形にした「とろねぎ」眠る食材をヒット商品に(2/4 ページ)

» 2018年01月31日 07時00分 公開
[加納由希絵ITmedia]

商品化されなかった雪下ネギ

 その若者とは、佐藤忠保さん。30歳。会津若松市に在住する農家の13代目だ。16年11月、福島県内の生産者などを対象に開かれた研修会で、井上さんが講師を務め、佐藤さんは参加者だった。

 「本当に“やんちゃ”だったんですよ」と、井上さんは第一印象を振り返る。椅子にふんぞり返って座る姿は、一見、不真面目そう。しかし、話してみるとそうではなかった。「とても緊張していて、ものすごく汗をかいていた。やんちゃな雰囲気は、照れ隠しだったのかもしれません」。そんな佐藤さんも、農業の話になると、次から次へと言いたいことがあふれてきた。

 福島県では、復興支援の切り口で注目される生産者が多く、さまざまな農産物がメディアで取り上げられ、販売量が増えている。佐藤さんはそんな状況を見て、「自分が作った野菜の方がおいしいという自信があるのに、他のところばかりスポットライトが当たっている」と、悔しい思いをしていた。「ネギをもっと売りたい」という強い思いから、学びを得ようと研修会に参加していたのだ。

 井上さんは、熱く語る佐藤さんの姿に「ピンと来る」ものを感じたという。「その場でネギを食べておいしかったということもありますが、おいしい食材なら他にもあります。それだけでなく、佐藤さんという若者が頑張っておいしいものを作っている、というストーリーにひかれたのです」。佐藤さんとタッグを組んで、商品づくりに取り組むことに決めた。

 井上さんが目を付けたのは、「雪下」のネギだ。通常、ネギの収穫は11〜12月の時期。雪が降る前に収穫して出荷する。しかし、育たなかったり、収穫しきれなかったりしたものは、雪の下に残されてしまう。雪の中に埋まったネギは、厳しい環境で身を守るために糖度が上がり、とても甘くなるのだという。

 しかし、このネギは通常、出荷されない。雪をどけて収穫するのは重労働であることに加え、曲がったり折れたりして汚くなってしまうため、市場では「訳あり商品」となり、値が付かないのだ。安価でしか売れないのに、収穫は大変。これでは、いくらおいしくても生産できない。

 「雪下ネギ」が生産されている事例はあるが、それは収穫した後のネギを雪の下に埋める方法。1度抜いてしまうため、土の中に植わったまま雪をかぶったものと比べると、水分量が少なくなるのだという。「収穫し忘れた」状態の雪下ネギは自家用となり、商品として出回ることは珍しい。

 「ネギは全国にたくさんありますが、この雪下ネギは他にはない。商品化が難しかったからです。でも、とてもおいしい。そのおいしさを多くの人に知らせたいと思いました」

photo 雪の下から掘り起こされたネギ

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