上がらぬ賃金に人不足 保育士の働き方改革は可能か?全職種平均より月8万円低い(3/5 ページ)

» 2018年04月06日 11時25分 公開
[坊美生子ニッセイ基礎研究所]
ニッセイ基礎研究所

保育士と全職種の賃金比較

 ここで改めて、現在の保育士の賃金について、賃金構造基本統計調査で確認したい(図表5)。同調査は、毎年6月分の賃金(賞与は前年1年間)などに関するもので、7月時点で実施されている。公立保育所は調査対象外となっている。

図表5 職種ごとの平均勤続年数、きまって支給する現金給与額等の比較 図表5 職種ごとの平均勤続年数、きまって支給する現金給与額等の比較

 16年調査結果を見ると、全職種の平均月給(同調査でいう「きまって支給する現金給与額」)33万4000円に対し、保育士の平均月給は22万3000円で約11万円低い。年収に換算すると(※9)、全職種(489万9000円)よりも保育士(326万8000円)の方が約163万円も低い。

※9 「決まって支給する現金給与額」×12カ月分+「年間賞与その他特別給与額」で算出

 ただし、他の条件を比べてみると、全職種では平均勤続年数が11.9年であるのに対し、保育士は7.7年と4.2年も短い。保育士は、結婚などを機に退職する人が多く、離職率が高いためである。また、所定内実労働時間は保育士の方が全職種より5時間長く、残業時間(同調査でいう「超過労働時間」)は9時間短かった。そこで、上記の条件をすべて保育士と同じに補正して月給を試算した結果は約30万円(※10)になり、保育士との差額は約8万円となる。

 次に、年収についても条件をそろえて試算すると445万円(※11)となり、保育士との差額はまだ約118万円もある(図表6)。このように、条件の違いを補正しても、保育士の月給や年収は全職種に比べて相対的に低いことが分かった。

図表6 全職種と保育士の賃金比較 図表6 全職種と保育士の賃金比較

※10 まず勤続年数の差は以下のように補正する。厚生労働省の16年「賃金引上げ等の実態に関する調査」によると、全産業の平均定期昇給額(加重平均)は5031円であるから、月給に4.2年の昇給分2万1130円(5031円×4.2)を増額する。次に労働時間の差は以下のように補正する。所定内給与額(30.4万円)を所定内労働時間(164時間)で除すると、全職種の1時間当たりの給与は1854円であるから、5時間分にあたる9270円(1854円×5時間)を増額する。残業1時間当たりの給与は、1854 円に労働基準法で定められた割増率1.25を乗じて2318円となるので、9時間分2万862円(2318円×9)を減額する。すべて補正した後の月給は30万1278円(33万4000円−2万1130円+9270円−2万862円)になり、保育士との差額は約7万8000円(30万1278円−22万3000円)である

※11 勤続年数の差については、全職種の4.2年の昇給分25万3562円(5031円×12×4.2)と賞与への反映分6万1277円(5031円×2.9×4.2)を差し引いた。2.9は、1年で何カ月分のボーナスが支給されるかを示す倍数で、全職種の「年間賞与その他特別給与額」を「所定内給与額」で除して求めたものである。労働時間の差については、所定労働時間の増加分11万1240円(1854円×5×12)を加え、残業時間の短縮分25万344円(2318円×9×12)を差し引いた

賃金カーブの違い

 次に、勤続年数の差が与える影響について、より細かく見ていきたい。図表7は、全職種と保育士について、各勤続年数区分の労働者割合と所定内給与を試算し、賃金カーブを比較したものである(※12)。

図表7 全職種と保育士の勤続年数ごとの労働者比率と所定内給与 図表7 全職種と保育士の勤続年数ごとの労働者比率と所定内給与

 まず勤続年数区分ごとの労働者の割合を見ると(棒グラフ)、14年以下までは保育士(青色)の方が全職種(緑色)を上回っていたが、15年以上では逆転している。これは保育士の離職率が相対的に高いことを示している。所定内給与額を見ると(折れ線グラフ)、全勤続年数の平均では、全職種30万4000円に対して保育士が21万6000円で、8万8000円の差があるが、就業時の勤続年数0年で見ると全職種23万1000円に対して保育士18万5000円で、4万6000円の差にとどまっている。

 その後、勤続年数が長くなるほど両者の差は開き、15年以上では全職種39万1000円に対し保育士は25万4000円で、13万7000円もの差がある。つまり、保育士の賃金カーブは、全職種とは異なり、昇給幅が小さく直線に近く、長く働けば働くほど差が広がるという特徴を持つことが分かる。10年近く働き続けても、新人時代と比べて所定内給与は平均2万円ほどしか上がらない。これは、保育士に資格区分や昇給システムがほとんどないためである。

 保育所単位でみると、所長と主任保育士がいるほかは、皆が同じ保育士で、大して変わらない賃金で働いているという状態である。これが、やりがいのある仕事と評価されているにもかかわらず、長く働き続けようという意欲を損ねてきた一因だろう。

※12 賃金構造基本統計調査の「きまって支給する現金給与額」は、勤続年数区分ごとの数値が公表されていない

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