そんなの考えすぎだと笑う人も多いかもしれない。確かに、各メーカーの製品はそのあたりの問題にもしっかりと向き合っており、例えば、ゴキプッシュプロでは効果が1週間継続するので、仮に生き延びた個体や巣があっても駆除できるという。だが、その一方で、ゴキブリは人類がまだ地球上に登場しない3億年前から今とほとんど変わらない姿でカサカサと動いていた「最強生物」という事実も忘れてはいけない。
「地球上でいちばん昔から存在し、いちばん成功を収めた生物の部類」(『ゴキブリ大全』 著、デビット・ジョージ・ゴードン/青土社)に対して、「見ないで殺す」というのはあまりにも自分たちの力を過信しているように思えてならないのだ。
少し前、アース製薬が「殺虫剤」という言葉を今後は使わないと宣言して、「虫ケア用品」という言葉を打ち出した。
「殺」という響きは人体にも危険……。といった誤解を与えかねないし、実態としては「虫を殺さない商品も多い」ということで、いまの時代にそぐうイメージチェンジだとしたが、ネットではこの名称変更を茶化す人々も少なくなかった。
「ヘアケア」などにならえば、「虫ケア」はゴキブリや蚊などの「害虫」を守り、育んでいるようになってしまっておかしいじゃないかというのだ。
個人的には、こういう実態とかけ離れた「言い換え」というのは、いまの日本社会の現実逃避を象徴している、と思っている。
我々の快適さは、虫を殺し、彼らの生息地を奪うことで成り立っているわけだが、そういう厳しい現実からはできる限り目をそらしたい。自分が不快になる存在は視界に入れず、それらがもがき苦しむ姿さえも見たくない。そういうご都合主義が「ケア」という言葉に凝縮されている気がしてならない。
先の戦争でも、他国への介入を「八紘一宇(はっこういちう)」と言い換えるなどさまざまな御都合主義的な変換がなされた。そういう現実逃避は、必ず手痛いしっぺ返しをくらう。
「見ないで殺す」と耳障りのいい言葉を掲げて、虫ケアにいそしむうち、日本ですさまじい耐性と繁殖力をもつ「スーパーゴキブリ」が誕生する日も近いかもしれない。
テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで200件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。
近著に愛国報道の問題点を検証した『「愛国」という名の亡国論 「日本人すごい」が日本をダメにする』(さくら舎)。このほか、本連載の人気記事をまとめた『バカ売れ法則大全』(共著/SBクリエイティブ)、『スピンドクター "モミ消しのプロ"が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。
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