MaaSの面から見た協業の可能性についてはお分かりいただけただろうが、それだけではない。実は自動運転の実現に向けても大きな飛躍の可能性を秘めているのだ。
トヨタは2016年1月に人口知能(AI)の研究・開発拠点としてTOYOTA RESEARCH INSTITUTE(TRI)を設立した。米国カリフォルニア州シリコンバレーに設立されたこの会社のトップに抜擢されたのがギル・プラット氏である。名前を耳にしたことがある方もいるかもしれないが、米国DARPA(国防高等研究計画局)でロボティクスチャレンジ・プロジェクトを率いてきたAI界のカリスマである。
トヨタには失礼を承知で書くが、米国防総省の頭脳にあたる機関で名を馳せたプラット氏が日本の一企業にやって来るということは正直驚愕に値する。
では、そのプラット氏がトヨタで一体何をするのかと言えば、ビッグデータとディープランニングを駆使した自動運転の開発と見て間違いないだろう。昨年発売されたJPN TAXIには道路の状況をリアルタイムで撮影した動画と、車両の制御データを、コネクティッドを介してAIにリアルタイムで送る仕掛けが全車に搭載されている。
都内だけでも3万台のタクシーが24時間365日走り回っている。トヨタのシェアは8割。その全てがJPN TAXIに置き換わったわけではないが、すでに従来のセダン型タクシーの生産は終了しており、時間の問題でほとんどのタクシーにこの機能が搭載されることになる。
そこで集められた膨大なデータは今この瞬間もリアルタイムでサーバに送られ、分析されている。そこではこれまでの自動運転がギブアップする状況下で、プロドライバーがどのように対処するかが全ての操作系データとともに分析にかけられる。当然、事故が発生した時にもその分析は行われる。どういう状況でどう操作した結果、事故になったのか。そういうデータが膨大に積み上げられていくのである。
詳細こそ明らかにされていないが、このJPN TAXIに搭載されているシステムとほぼ同様と思われるトヨタ製の通信型ドライブレコーダー「TransLog」がタイムズカープラスの車両に搭載される。カーシェアリングは運転経験が少ない人が利用することも多い。つまりプロドライバーの運転データをタクシーで集め、もっとブレの多いさまざまなスキルレベルの運転データをカーシェアで集めることになる。
先般、Uberの自動運転テストでの死亡事故が注目されることになったが、サーバ上でバーチャルに自動運転を行う分には事故が起こる可能性はない。不幸にしてリアルドライバーが事故を起こしたとしても、その事故データを分析に用いて、再発を防ぐ可能性を高められる。さらに言えば、実走テストの数十年、あるいは数百年分のデータを、あるいは実走テストを任せるに足る熟練ドライバーでは集められないバラエティに富んだスキルレベルのデータを短期間に収集できるのである。
他国での自動運転実験を見て「日本は遅れている。ガラパゴスだ」と主張する人をちょくちょく見掛けるが、むしろ話は逆で、そんなリスクの高い方法でわずかばかりのデータを集めるよりはるかに効率の良い方法をトヨタはとっくに実現しているし、それを分析していくための世界最高の人材の一人を確保しているのである。ちなみにこのTRIの日本法人の設立もトヨタはすでに発表済みである。抜かりのなさは少々かわいげがないほどである。
こういうとてつもない規模の取り組みがこの1枚のプレスリリースの裏側にはある。
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