【訂正版】タイムズのカーシェアと提携するトヨタの狙い池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/3 ページ)

» 2018年04月30日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]

自動運転で他社を引き離す

 MaaSの面から見た協業の可能性についてはお分かりいただけただろうが、それだけではない。実は自動運転の実現に向けても大きな飛躍の可能性を秘めているのだ。

 トヨタは2016年1月に人口知能(AI)の研究・開発拠点としてTOYOTA RESEARCH INSTITUTE(TRI)を設立した。米国カリフォルニア州シリコンバレーに設立されたこの会社のトップに抜擢されたのがギル・プラット氏である。名前を耳にしたことがある方もいるかもしれないが、米国DARPA(国防高等研究計画局)でロボティクスチャレンジ・プロジェクトを率いてきたAI界のカリスマである。

米国防総省の頭脳を担ったAI界のカリスマ、ギル・プラット氏 米国防総省の頭脳を担ったAI界のカリスマ、ギル・プラット氏

 トヨタには失礼を承知で書くが、米国防総省の頭脳にあたる機関で名を馳せたプラット氏が日本の一企業にやって来るということは正直驚愕に値する。

 では、そのプラット氏がトヨタで一体何をするのかと言えば、ビッグデータとディープランニングを駆使した自動運転の開発と見て間違いないだろう。昨年発売されたJPN TAXIには道路の状況をリアルタイムで撮影した動画と、車両の制御データを、コネクティッドを介してAIにリアルタイムで送る通信型ドライブレコーダー「TransLog」が組み込み可能になっている。

 都内だけでも3万台のタクシーが24時間365日走り回っている。トヨタのシェアは8割。その全てがJPN TAXIに置き換わったわけではないが、すでに従来のセダン型タクシーの生産は終了しており、時間の問題でほとんどのタクシーがこのJPN TAXIに置き換わるだろう。

 トヨタは17年4月から、すでに一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会と共同で、都内のタクシー車両にTransLogを搭載し、実証実験を行っている。従来のセダン型タクシー500台にTransLogを搭載し、タクシー利用者がスマホにインストールしたアプリ「TCスマホナビ」と情報交換しながら、タクシー需要の場所と時間をAIで予測し、車両の稼働率と、顧客の利便性を共に向上させる実験である。

 ご存知の通り北米の「Uber」、中国の「滴滴出行(ディディチューシン)」などの新興配車サービス会社が世界各地でオンデマンドの配車サービスを開始しており、既存のタクシーに対して利便性で優位を示して、爆発的に業績を伸ばしている。Uberは14年から、日本国内での試験運用を開始したが、国土交通省から「白タク行為」に該当するという指導が入り、現在はサービス中止状態にある。配車サービスにも全く問題がないわけではないが、広い視野で見れば世界的な流れへの逆行であるという声もあり、規制緩和は継続的に検討されている。

 日本のタクシー業界は、この動きに強く反発しているが、一方で、こうした配車サービスの優位点であるスマホを利用したオンデマンドでシンプル、多機能、安価という利便性の差を早急に埋めなくてはならない。トヨタのTransLogとTCスマホナビを利用したサービスはそこでの遅れを取り戻す大きな一手になり得る。

 すでにこのTransLogはハードウエアとしては十分実用段階に入っており、実際タイムズカープラスでは実装されるわけだが、JPN TAXIにはまだ標準搭載されていない。またTransLogが情報を収集送信するためには、タクシー会社の合意が必要であり、技術的にはすでに完成しているが、事務レベルの調整はまだこれからという状態にある。

 しかし、トヨタは長期ビジョンとして、JPN TAXIが「走るセンサー、走る情報端末」となり、リアルタイムに情報送信を続けることによって実現される新たなモビリティー社会の創造を描いている。

 それが実現すれば、自動運転は新たなフェーズに突入するだろう。集められた膨大なデータがリアルタイムでサーバに送られ、分析されることになる。そこではこれまでの自動運転がギブアップする状況下で、プロドライバーがどのように対処するかが全ての操作系データとともに分析にかけられる。当然、事故が発生した時にもその分析は行われる。どういう状況でどう操作した結果、事故になったのか。そういうデータが膨大に積み上げられていくのである。

 多くの人々の利害が錯綜する現実のビジネスの中で、意見を統一していくのが大変なのは想像できるが、タクシー業界が真に日本経済に貢献する志があれば、日本が自動運転時代をリードできるようになる可能性は高い。

 さて、今回の提携によって、このTransLogがタイムズカープラスの車両に搭載されることになった。カーシェアリングは運転経験が少ない人が利用することも多い。プロドライバーが運転するタクシーと違い、ブレの多いさまざまなスキルレベルの運転データを集めることが可能になる。

トヨタが送り出した新型タクシーはシエンタと基礎を共用する兄弟車。だがその真価はビッグデータをリアルタイムで収集し続ける自走センサーである点だろう トヨタが送り出した新型タクシーはシエンタと基礎を共用する兄弟車。だがその真価はビッグデータをリアルタイムで収集し続ける自走センサーである点だろう

 先般、Uberの自動運転テストでの死亡事故が注目されることになったが、トヨタがビジョン通り、TransLogによって膨大なリアルタイムデータを収集し、サーバ上でバーチャルに自動運転を行う分には事故が起こる可能性は完全に排除できる。不幸にしてリアルドライバーが事故を起こしたとしても、その事故データを分析に用いて、再発を防ぐ可能性を高められる。さらに言えば、実走テストの数十年、あるいは数百年分のデータを、あるいはバラエティに富んだスキルレベルのデータを短期間に大量に収集できるのである。

 他国での自動運転実験を見て「日本は遅れている。ガラパゴスだ」と主張する人をちょくちょく見掛けるが、むしろ話は逆で、トヨタはそんなリスクの高いテスト車での実走行でわずかばかりのデータを集めるよりも、はるかに効率の良い方法を開発し、カーシェアとの提携によってその一歩目をスタートした。JPN TAXIへのTransLogの導入が進めばそれはさらに加速する。収集したデータを分析していくためのAI開発に必要な世界最高の人材の一人も確保済みである。ちなみにこのTRIの日本法人の設立もトヨタはすでに発表済みである。抜かりのなさは少々かわいげがないほどである。

 こういうとてつもない規模の取り組みがこの1枚のプレスリリースの裏側にはある。

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